第102話 邪竜顕現

「わ、わたくしの羽がっ!? 天使たる証がっ!!」


 イロウエルは酷く狼狽した様子で、地に落ちた。

 煉はその首元に刀を当て、冷めきった視線を向ける。

 それと同じくして、玉座の間を照らしていた極光が消えた。

 マリアも同じように、地に手をついた聖王の首に鎌をかけている。

 聖王は細切れにされた聖杖を見て、ぶつぶつと何かを呟いているが、マリアの耳に届くことはなかった。


「あら。レンさんも終わったみたいですね」

「あんたは思ったより遅かったな。遊びすぎじゃないのか?」

「これくらいは主もお許しになられます。あまりに呆気なさすぎると退屈ですので」

「ま、確かにな」


 二人が軽く言葉を交わしている間、イロウエルはどうにか生き残る方法を考えていた。

 しかし、大天使である自分がこうも簡単に地に落とされるという屈辱を受け、冷静になることが出来なかった。

 そして、覚悟を固めもしものために用意していた秘策を使うことに決めた。


「お前には聞きたいことが山ほどある。まず天使についてだ。ある貴族から聞いた話だが、優秀な人間を攫い、天使として神に力を授けられるそうだが……元の人格が無くなっているのはどういうことだ?」

「ひっほっほ! わたくしが答えるとお思いですか? 天使召喚は秘中の秘。神の威の体現でございますれば!」

「ふーん」


 煉は感情のない目を向け、どこからかもう一本の刀を取り出した。

 もしもの時のためにクレアに打ってもらった予備の刀。

 何の変哲もない刀だが、煉の炎でも刀身が溶けないようにはなっている。

 煉はその刀でイロウエルの肩を刺した。


「ぐあぁぁぁっ!!」

「俺は別に勇者でもなんでもない。神なんてものも信じちゃいない。お前を――――殺すことに躊躇いなんてないぞ」

「ひ、ひっほっ。なんとも愚かな、方ですな。この世界は神の存在によって、成り立っているというのに、実に、実に、愚か!!」

「いいから、答えろ。天使となった人間を元に戻す方法はあるのか」

「ひっほ! そのような事、神以外知る筈もないでしょうに! わたくしに聞くなどとおかしな方ですね!」

「〈赤熱せよバーン・アップ〉」

「ぐあぁぁぁ!! あ、熱いっ、熱いぃぃぃぃ!!!」


 煉の魔法によって、刀身が真っ赤に変色した。

 肉の焼ける音や匂いが充満する。

 マリアはそれを見て楽しそうに笑った。


「あちらはあちらで楽しんでいるみたいですね。私の趣味ではありませんが。それで、聖王様? 何か言い残すことはありますか?」

「……わしは……神に……最も……わしは……」

「お話になりませんね。遺言くらいは聞いて差し上げても良かったのですが」


 そう言ってマリアが大鎌を引いて首を落とそうとした瞬間、城が大きく揺れた。

 いや、城だけでなく教国全体が揺れていた。


「地震……? かなり大きいが一体?」

「ひっほ…………ひっほっほっほっほっほ!!」

「あぁ?」

「ついに、ついに始まってしまいました! わたくしの秘策。これだけは使うまいと思っていましたが、致し方なし! 『恐怖』を司るわたくしが溜めに溜めた人間の恐怖感情、そして聖王の悪意、教国全体に蔓延る醜悪な感情。全てがこの魔法のためにあると言っても過言ではありません!!」


 イロウエルが狂ったように笑い始めた。

 そしてイロウエルと聖王の体から黒い靄のようなものが発せられた。

 二人は慌てて後ろへと飛び、距離を取る。


「……何か感じるか?」

「いえ。ですが、何でしょうか……あれは邪悪そのものです」

「……あなた方は竜というものをご存じですか?」

「龍族ならあったことあるが」

「あれとは別物です。龍族とは知性ありし生物の頂点ですが、竜とは一種の概念。そうであると世界に定められたモノ。あなた方にこれを止めることは不可能! 我が究極にして最恐最悪の極限魔法『邪竜顕現』。今のわたくしでは魔力が足らず、この身と聖王を犠牲にしなくてはなりませんが、世界に『恐怖』を撒くことができるのならば本望!! さあ、世界よ! 恐れおののくが良い!!」


 声高らかに叫んだイロウエルの体は黒い靄に包まれ、灰と化した。

 そして同じく聖王も灰となり、黒い靄によってどこかへと飛んでいった。

 煉とマリアはそれを追って城の外に出る。

 城の天辺から街を見下ろすと、街の住民が同じ方向を向き空を見上げ呆然としていた。

 城から東の方角、大聖堂の直上に遠大な黒い魔法陣が浮かび上がっていた。

 街を明るく照らしていた太陽は、魔法陣から溢れ出る黒い雲によって姿を隠す。

 ヘーラの街の空を黒く染め上げた雲から、巨大な竜の足が現れた。

 その足の大きさだけで、竜の本体がかなりのサイズであることが窺える。


「あれは……ちょっとまずいかもな」

「ええ、主はとても困難な試練をお与えになられましたね」


 二人の頬から一筋の汗が滴る。

 雲間から竜の姿が完全に露わになった。

 およそ、四十メートルは軽く超えるだろう巨大な黒竜。

 各国の神話にも登場する、魔王が従えたとされる邪龍ファブニール。

 その脅威は冒険者が制定したどの魔獣よりも高い特SSランク。

 特SSランクの魔獣は災厄と言われる程の強さを誇り、世界にとっての脅威とされる。

 そんな魔獣が今、目の前に顕現し、大きな口を開いた。

 そして、耳を刺す怒号のような咆哮を世界に轟かせた。


『GRuaAAaAAAaaAAAAAaaAAAAAaaAAAA!!!!!!!」


 世界最大の脅威を前にして、街は恐怖に支配された。






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