第101話 天使の階級

「――――痴れ者が。神の威をその身に感じるがいい」


 聖王が長杖を翳すと、玉座の後ろにある磔にされた女神の像から極光が降り注ぐ。

 聖王が敵と認識した者だけを焼き尽くす光。

 それをマリアは微笑を湛えたまま難なく回避する。


「ふふっ。さすが聖王様ですね。一筋縄ではいかないと言うことでしょうか。ですが、その程度では私には当たりませんよ」

「ふん。その余裕の表情、気に食わぬ。貴様が未だに聖女を名乗ることすら不愉快じゃ。わしの手で断罪してくれよう」

「ふふふ……あははははは! あなたが? 私を? 面白いことをおっしゃいますね。はっきりと申して差し上げましょうか。――――偽神の操り人形であるあなたでは不可能です。その細い腕では杖を掲げるのもお辛い事でしょう? 早くその首を渡してください。時間をかけるのは面倒ですので」


 マリアがそう言うと、聖王は青筋を立てて憤った。

 何よりも、自分の信仰する神を侮辱されたことが、聖王の怒りに触れたようだ。


「我らが神を、偽りと言うか! 神の御業も知らぬ小娘がっ! その身、幾度焼き尽くしても足らぬ! 我が神を侮辱したこと、後悔せよ!」


 聖王は長杖にさらに魔力を込めた。

 すると、極光は勢いを増し、二本三本と数を増やしていった。

 しかし、尚もマリアは余裕の表情で躱し続けている。

 その笑みはまるで遊具を楽しんでいる子供のようだった――。



 ◇◇◇



「ひっほっほ! あちらはなかなか白熱しているご様子! しかし、いただけませんなぁ。あなたのような矮小な人間が、大天使であるわたくしの前に立ったままでいるなど。地に頭をつけ跪くのが常識というものではないでしょうか。ひっほっほっほ!」


 ピエロの風貌のまま、背に翼を生やし頭に天使の輪を付けたイロウエル。

 イロウエルは首を傾げていた。

 なぜなら、煉が口元を抑えて何かをこらえていたからだ。


「もしや……笑っておられるのですか? 一体何が面白いというのでしょう」

「いや、だって……ひっほっほって、そんな笑い方の奴、普通いねぇし。それにピエロに翼と天使の輪って……ははっ、だ、ダメだっ。ウケるっ……」


 こらえきれず煉は声を上げて笑い出した。

 煉の笑い声は、拡声魔法の影響で城全体に響き渡った。

 聖王は拡声魔法を解除していなかったため、先ほどの話から全て城の人間が効いていたのだった。


「わたくしの、この崇高な姿を、バカにしましたねっ!?」

「あー、笑ったぁ。ていうか、聞きたい事先に聞いていいか?」

「そう言われて、はい、どうぞ。とでも言うと思いますか?」

「大天使って言ってたけど、天使って階級があるのか?」

「人の話を聞きなさいっ! ですが、その疑問には答えて差し上げましょう。天使には五つの階級が存在します。下級天使、上級天使、大天使、智天使、熾天使。この階級は能力、実績、天使としての全てを考慮し、神によって決められます。

 つまり大天使である私は、崇高にして優秀な天使であるということです! ひっほっほっほっほ!」

「ふ~ん。三つ目だろ? 中途半端じゃん。よくわかった。大したことないんだな」


 悪気なく、煉はそう言った。

 煽ってもいない上、バカにしてもいない。

 煉にとっては。


 しかし、イロウエルにとっては最大級の地雷であった。


「き、貴様っ。貴様貴様貴様貴様貴様貴様!」


 イロウエルは怒り、大天使に与えられる三又鉾トライデントを手に煉へと肉迫した。

 煉はそれを冷静に対処し、刀で受けることなく紙一重で躱していた。

 イロウエルの突き、横薙ぎ、どんなに振り回しても煉にあたることはなかった。


「くっ! 小癪な!」

「単調すぎだな。筋肉の動き、呼吸、視線、まるで教えてくれているみたいだ。まだうちの師範の方が圧倒的に強い」

「っ!? また、わたくしをバカにしましたね! 泣いて謝っても許してあげませんからね!!」

「はあ……もういいや。なんかお前、つまらないわ」


 退屈そうに言うと、煉は距離を取った。

 右足を後ろに下げ少し腰を落とし刀を顔の横へ。

 切っ先は真っ直ぐイロウエルに向いている。

 煉のイメージはいつか見たゲームの剣士の構えである。


「花宮心明流五の太刀……」


 その瞬間、イロウエルは壮絶な殺気を感じ取り、自分の心臓が煉の刀によって貫かれるのを幻視した。

 とっさの本能的な行動によって辛うじて横にズレることに成功はしたが……。


「〈獅月〉」


 イロウエルの目では煉の腕が一瞬ブレたことしか分からなかった。

 気づいたころには、自分の翼に大きな風穴が空いていた。








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