第100話 挑発

「……なんと無粋な。神の御前であるぞ。貴様のような野蛮人が立ち入れる場ではないぞ」


 聖王は煉の姿を見ることなくそう言った。

 聖王にとっては視界に入れるのも不快であると言うことだろう。

 しかし、煉は一切気にも留めず、ただ玉座の側で笑っているピエロを見ていた。


「枯れたじじいに用はねぇ。そこのピエロに用があんだよ」


 煉がそう言うと、聖王の眉がピクリと動いた。

 どうやら気に障ったようだ。


「不愉快である。近衛よ、そこな愚か者を追い出せ」


 聖王は簡易的な拡声魔法を使い、城全体に声をかける。

 しかし、近衛兵は誰一人として来ることはなかった。

 聖王の機嫌がさらに下がっていく。


「兵士なら来ねぇぞ。そこの廊下でビクビクしてたからな」

「たかだか一人の愚者に精強な近衛がそう易々と……」

「どうやら、事実のようですなぁ。城の中を確認いたしましたところ、廊下の隅で近衛兵が頭を抱え蹲っておりまする」


 唖然とした聖王を放置し、煉はピエロに一歩ずつ近づいていく。


「ひっほっほ! そう怖い顔をしないでくださいませ。わたくしに用があると伺いましたが、一体何用でしょうか?」

「お前、天使だろ? お前からいろいろと情報を引き出してやる」

「ひっほっほ! わたくしが大天使であると理解なさっているとは! これは愉快! ただ……いけませんなぁ。大天使を前にした人間は、皆跪き畏れ敬うのが筋というのもです。なぜそうも勇敢にも拳を握っているのか、不思議でなりませんなぁ!!」

「……この聖王を無視するか。神に最も近きわしを……視界にも入れぬとはっ! 不敬であるぞ!!」


 細い枝のような体のどこにそんな力があるのか、疑問に思うほどの圧力を感じた。

 煉は少し面倒そうな表情を浮かべ、聖王に告げた。


「じじいの相手は他にいるから。ほら、そこに」


 そして、煉と玉座の丁度中間地点の天井付近を指さした。

 煉の指さした場所を見上げると、二人は空間の揺らぎを察知した。

 何かがいるという気配を感じ取った直後、濃密な魔力と圧倒的な威圧感が天使と聖王を襲う。

 揺らぎからだんだんと姿が現れ、大鎌を携えた美女をかたどっていく。

 そしてはっきりと姿が見えるようになると、聖王はさらに不快な顔を浮かべた。


「……マリア」

「お久しぶりですね、聖王様。此度は、あなたの首をいただきに来ました。国の頂点であるあなたが、この国を蝕んでいる原因。つまりあなたは『悪』です。よって、主命に基づき、私の手で断罪して差し上げますわ」


 マリアはいつもの笑みを浮かべ、そう告げた。

 苦々し気な表情でマリアを睨む聖王は、どこからか自分の背より高い長杖を持ち、玉座から立ち上がった。


「思いあがるでないぞ、小娘。神の力を纏ったわしに敵うと思うでないわっ!」

「ふふふ。せいぜい楽しませていただくとします」


 煉たちをそっちのけで、マリアと聖王は魔法紡ぎ始めた。


「お互い邪魔しないってこと、忘れんなよ」

「ええ。レンさんの獲物は……あまり魅力的ではありませんね。楽しくなさそうですわ。お譲りします」

「楽しむ気なんてない。あいつからはただ情報を絞りだすだけだ。必要だからやるんだよ。いいからとっととじじいの首落として来いよ」

「言われなくても。そちらこそ、油断してやられないように。……もし、そのようなことになったら、笑って差し上げますわ。その程度の相手にやられるなんて……まあ、お恥ずかしい」

「うるせぇ! こんな雑魚に負けるかよ!」


 そう言って煉は腰に佩いた刀を抜き、構えを取った。

 視線の先にいる天使は、煉たちの挑発に肩を震わせている。

 二人してかなりバカにしていたものだ。


「ひほほ、ひっほっほっほっほっほ! 愉快ですなぁ! 実に、実に愉快! このわたくしを前にして、楽しめない? 雑魚? バカにするのも大概にしなさい!! 『恐怖』を司る大天使イロウエルの神髄、その身に刻み込んでご覧に入れましょう!!」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る