第98話 侵入

 ――――聖城クノッソス。


 神聖なる白亜の城には、現在国内全ての神殿騎士が招集されていた。

 その数五千。

 礼と武に優れ、聖魔法を極めし選ばれし騎士たち。

 彼らの目はこれから起こる戦争に向け、気合十分であった。

 そんな中で、同じ全身甲冑を纏っているものの、キョロキョロと落ち着きのない騎士がいた。


「……ほ、本当にお城の中ですよぉ……」

「聖城って言うだけあるなぁ。綺麗なもんだ」

「あわわわわっ。だ、大丈夫でしょうか……? ほ、本当にこんなことをしてしまって……あわ、あわわわわわわ」

「……どうして隊長が一番慌てているのですか? 隊長なのですから、堂々としていてください!」

「そ、そうは言ってもっ……」


 イリスに無理を言って頼んだ結果、煉の計画通りに、騎士の格好に扮し城の中へと侵入することに成功した。

 しかし、変装がバレたら終わりの綱渡りの状態である。

 その緊張故にイバラはオロオロとしているが、煉の頼みを聞いたイリスも同様にオロオロとしていた。


「レン殿は落ち着きすぎでは……? もし見つかってしまったら大変なことになるのですよ?」

「もしものことはそん時に考えるさ。今はできることをやるだけだろ。だから、イバラも落ち着けよ」

「む、無理ですって! 私はレンさんみたいに強いわけではないんですからねっ! こんな人数の騎士相手にできませんからねっ!」

「いや、騎士たちと戦うこと前提に考えないでくれよ」


 イバラの脳内では、見つかって騎士に囲まれるところまで想像している。

 煉が何かをしてバレることを想定しているのだ。

 全ての責任は煉に取ってもらおうと思っている。


「レンさんが何かしたら、私は即逃げますから。事が終わるまで無関係でいますからねっ!」

「まあ、そうだな。もしなんかあったらアイトと先にミストガイアに行ってくれ。できればいい宿を頼む」

「……レンさんも何か起こることを確信してるじゃないですか」

「起こるんじゃなくて起こすのさ。どうせ天使見つけたら突撃するし、もう少ししたらも来るだろ」

「? レン殿、あいつとは……?」


 その時、雰囲気が一変した。

 冷たく重い。そしてこれまでにない緊迫感。

 張り詰めた空気がその場を侵略する。

 周囲の騎士たちの緊張が煉にまで伝わってくる。


「……イバラ、先に帰れ。早く」

「えっ? でも、まだ何も」

「いいから。今のうちに城を――いや、俺が跳ばす。何とかしてくれ」

「れ、レンさん――」


 煉はイバラを炎で包み込んだ。

 近くで見ていたイリスらは煉が何をしているか理解できず、兜の奥で驚愕し、動揺していた。


「れ、レン殿!? 一体何を――――あれ?」

「い、イバラさんが……」


 炎が消えると、甲冑を纏っていたイバラの姿が消えていた。


「俺の魔法でイバラを城の外に跳ばした。ギルドか宿の近くに行くようにしたから大丈夫だろう。そんなことより、あっちだ」


 煉が視線の先を指さす。

 煉の指した方向に目を向けると、イリスは息を呑んだ。

 城の壁面に玉座の映像が投射されており、画面いっぱいに聖王の姿が映っていた。

 玉座に肘をついた枝のような白髪の老人。

 聖王アドラー七世である。


「神殿騎士諸君。神に楯突く愚かな反乱分子の処分をすることとした。諸君らの力、存分に振るうが良い。此度の些事に時間を取られるでないぞ。処分が済み次第、次は『死神聖女』である。いつまでも聖女気取の小娘に好き勝手させることは許さん。速やかに始末せよ」


『はっ!!!!!!』


 一斉に足をそろえ、右手を握り胸甲を叩いた。

 神殿騎士における最上の敬礼である。

 煉もそれに倣い、同じように胸甲を叩く。

 その煉の視線は玉座の少し右に向けられていた。

 そこにはピエロのような恰好をした、おかしな男が立っていた。


「………………みぃつけた」


 そう言って煉は楽しそうに笑った。

 騎士たちが速やかに城の外に向けて移動する中、煉はひとり城の内部に向かって歩いて行った――――。



 ◇◇◇



 ――――一方そのころ。


 冒険者ギルド内にて。


 突如炎と共に現れた甲冑を纏った神殿騎士は、冒険者たちに囲まれ剣を向けられていた。


「……いったた。ここは……――ってギルドじゃないですか! なんでこんなところにぃぃ! 私が今どんな格好しているか理解しているくせにあの人はぁぁぁ!」


 怒り心頭の様子で突然叫びだした騎士に、冒険者たちの警戒は高まる一方であった。

 イバラはそんな冒険者たちを気にすることなく、甲冑を脱ぎ捨てた。

 下にはいつも着ている魔法士の装備を纏っていたので、冒険者たちもすぐにイバラを認識した。

 そして同時に疑問に思った。

 どうして騎士の格好をしていたのだろう、と。


「もう、絶対に帰ってきたらお説教です! 今日という今日は許しませんからねっ!」


 動揺する騎士たちを置いて、イバラはギルドから出ていった。




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