第97話 白亜の城へ

 ――――教国ではある噂が流れるようになった。


 深夜、教国民は外に出ることなく寝静まる頃。

 大聖堂付近に住む住民は変な声を聞いた。


 それは獣の唸り声であった――。

 それは赤ん坊の泣き声であった――。

 それは甲高い女の悲鳴であった――。


 それぞれ噂が飛び交う中、一つだけ確かなことがある。


 誰一人として、声の主を見ていないことだ――。



 ◇◇◇



「………………ということらしいです」


 イバラがギルドや街の住民から聞いた噂を煉に話していた。

 二人は現在中心街のカフェに来ていた。

 マリアと話をした後、煉は街で結界の影響を受けず活動できるように、神聖魔法をかけてもらった。

 そのおかげで気楽に街中を歩けるようになった。


「それで?」

「まあ、それだけです」

「ただの噂だろ? 姿を見た人がいないって、何もわからねぇじゃん。幻聴かもしれないし」

「幻聴にしては聞いたって話してる人多いと思いませんか?」

「言いたいことは分かるが、赤ん坊の泣き声とか女の悲鳴とか、そこらでよく聞くもんだろ。……いや、女の悲鳴はあんまり聞かないか」

「獣の唸り声は?」

「ペット」


 とは言うが、この国ではペットは禁止である。

 そのことに思い至った煉は、首をひねった。


「まあ、気のせいってことだろ。俺たちに関係のある話じゃない」

「そうかもですけど……気になりませんか?」

「ならない。そんなことよりどう聖王と接触するかだろ」


 二人は天使を見つけるために、まずは聖王と対面することを考えていた。

 しかし、聖城クノッソスの警備はかなり厳重である。

 厳しい審査の上、正規の手続きが通らなければ入ることすら叶わない。


「しっかりと手続きをするべきではないですか? 変なことしてお尋ね者になるのは困りますし」

「だって、理由がないだろ。天使がいるかもしれないので聖王に話が聞きたい。なんて通るわけもない」


 そう言って煉は椅子の背もたれに寄りかかり空を見上げた。

 すると視界の端に甲冑を纏った騎士が、列をなして歩いているのが見えた。

 通りに面したカフェのテラス席に座っている煉は、視線だけをそちらに向け、立ち上がることなく見覚えのある甲冑姿の騎士に声をかけた。


「おーい。イリスじゃん」


 すると騎士たちが歩みを止め、先頭を歩いていた騎士が兜を取り煉に近づいた。

 煉が声をかけた通り、その騎士はイリスであり、他の騎士たちも皆イリス隊の面々である。


「これはレン殿。このような場所で会うとは」

「国境警備のあんたがどうしてここに?」

「国境は一般の警備兵と代わりました。国境の警備より内戦が荒れそうだということで全ての騎士が招集されているのです」

「なるほどなぁ……――――良い事思いついた」

「? 何の話ですか?」


 煉は酷く悪い顔をしていた。

 こういう顔をしている煉は何か良からぬことを企んでいると理解しているイバラは、呆れたようにため息を吐いた。


「………………何を考えているんですか?」

「決まってんだろ。城に入るんだよ」


 煉は口元をを三日月にように裂いて、楽しそうに笑った。







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