第94話 教国の闇 ②

 煉たちは首都ヘーラから数キロ離れた湖に来ていた。

 人や魔獣の気配は一切なく穏やかな風景の中、湖畔に不自然に佇む教会が目を引いた。


「……こうしてみると明らかだよな」

「ですね……おかしいですよね」

「なあ、この教会はどうして湖に隣接してんだ? 入口水に浸かってるじゃん」


 煉たちのいる場所から湖の対面に教会は建っていた。

 湖の中に少し入り込んでいるため、入り口は船でもなければたどり着けないようになっていた。

 煉がどうやってそこまで行こうかと考えていると、突然湖が激しく波打った。

 すると入り口から煉たちのいる対岸まで一直線に光の道が生まれた。

 まるで、これを通ってこいと言っているかのよう。


「バレてるな」

「罠とかじゃないですか……?」

「それは大丈夫だな。そんなことするような奴だとは思えない」


 そう言って煉は光の道に足を踏み入れた。

 しっかりと地面を踏みしめる感触を確かめ、そのまま道なりに進んでいく。

 イバラとアイトも恐る恐る上に乗り、煉の後ろをついて歩いた。

 入口から教会の中に入ると、これまで見たマリアの生み出した廃教会とは違い、綺麗な内装で街の中にあっても遜色ない造りだった。


「ようこそいらっしゃいました。またお会いできて光栄です、レンさん」


 祭壇の前では、金髪で修道服を纏ったマリアが祈りを捧げていた。

 立ち上がり、振り返ったマリアはいつものような笑みを浮かべている。


「こんなにも早く再会できるなんて、これも神の御導き。神のお与えになった夢はいかがでしたか?」

「ああ、確かに幸せな夢だったさ」

「そうでしょうとも。豊かな生活を与えてくれるのが神です。神より与えられたものを享受することこそ、至上の幸福へと繋がるのです。――――ですが、あなたは違うみたいですね。神の施しを拒否なさると?」

「当然だな。俺にとっては幸せな夢だった。だけどな、それはここに来る前の俺だ。この世界に来て、俺は変わったんだ。いつまでもあんな幻想に縋るほど弱くない」

「なるほど……確かに少しお変わりになられました。少し成長したと捉えてもよろしいのでしょうね。では――――参ります」


 微笑を湛えたまま、マリアは「夢柴藤」を構えた。

 しかし、煉は武器を取ることなく丸腰の状態で歩き出した。


「おや? 無防備に何をなさっているのですか?」

「今日はあんたに話があってきたんだ。戦う気はない」

「そうなのですか? てっきりギルドから私を捕まえるように依頼されているのかと……Aランク冒険者とお伺いしていたのですが」

「合ってるが、別に俺はあんたを捕まえる気はない。この国の事には興味がない。だが、少し見過ごせないことがあってな。あんたなら知ってんだろ? この国の結界と地下について」


 煉が地下と口にすると、マリアの表情が一瞬で険しいものに変化した。


「それをご存じとは。いいでしょう。私が知り得ることはお教えします。しかし、先にお教えください。あなたは教国の闇を知ってどうするおつもりですか?」


 マリアの問いに煉は少し考える仕草をした。

 そしてあっけらかんとした様子で言った。


「俺の推測通りだったら潰す。それが神とやらへの嫌がらせになるだろうからな」


 そう言って笑った煉の顔は邪悪そのものだった。

 煉の側にいた二人はその顔を見て若干引いていた。

 そしてマリアはなぜか腹を抱えて大爆笑していた。

 聖女らしからぬ笑い方に三人は戸惑っている。


「……失礼しました。このように笑ったのは初めてです。とても、いいですね。偽神への嫌がらせ……ですか。ふふふ、気に入りました。奥の部屋へどうぞ。お茶をお淹れ致しますので、ゆっくりとお話しします」







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