第95話 教会の闇 ③

 教会の奥に移動した煉たちは、汚れ一つない白い壁に囲まれた部屋に通された。

 派手な装飾はなく、椅子もテーブルもソファも全てが白だった。


「さて、何から話しましょうか……」

「ちょっと待ってくれ。この部屋はなんだ?」

「なんだと言われましても……私の私室ですが何か」


 煉たちは半目で再度部屋の中を見渡した。

 慣れているマリア以外、しっかりと目を開けることができない。


「……目がチカチカします」

「……白だけってこんなに目が痛くなるもんなんだな」


 イバラとアイトは目を閉じたままそう言った。

 煉も同意するように頷く。

 マリアは頬を膨らませ、異を唱えた。


「穢れのない白とは神聖な証なのです。こんなにも綺麗なのですよ。そのように目を閉じてしまっては神に失礼にあたります。ほら、頑張って!」

「無茶言うな! 少しだけ色を変えてくれ」

「もうっ……仕方ないですね」


 やれやれとため息を吐いて、マリアは指を鳴らした。

 すると部屋の壁が落ち着いた雰囲気の灰褐色に変化した。


「これでいいでしょう。話を始めますよ」

「ああ、頼む」

「それでは……まずは教国を覆う結界についてお話ししましょう。

 簡潔に言えばあれは魔を払い魔を退けるための結界です。七神教創設以前の事です。この地はとある悪魔が治めていました。悪魔は狡猾で残虐。人々は怯えながら細々と暮らしていたそうです。そんなある日、一人の人間が悪魔討伐のため立ち上がりました。彼の傍には神の遣いを名乗る男がいました」


 煉の頭の中では、ここまでですでに話の流れが出来上がっていた。


「その神の遣いとやらが、作った結界で悪魔を追っ払ったってか」

「いえ。結果は敗走。狡猾な悪魔の元までたどり着くことさえ敵わなかったと聞きます」

「じゃあ、どうしたってんだよ」

「七神教の創設に関わるお話ですよ。そう考えればわかりませんか?」


 そう言われ、煉とイバラはなんとなく理解したようだ。

 アイトだけは何の話をしているのかさえ理解できていなかった。

 自分が話に混ざれないことを知っているアイトは、側で話を耳に入れながら「タンサ君」の改良を考えていた。


「……なるほど。七神教、つまり七柱の神の御力ということになるのですね」

「その通りです。教典に記されている通り、この地を開放したのは七神。主の御力によって悪魔は払われたとの教えです。そして教国の結界は神の恩恵。この国の民はそう信じ切っています」

「それは違うと?」

「ええ。この結界は数年ほど前に突如張られたものです。創設時には何もありませんでしたし、何より悪魔を払ってもいません」


 マリアは七神教の教典をまるっきり否定した。


「この結界、維持できているのはどうしてだと思いますか?」

「……俺の推測が正しければ、特定の魔力を持った人間を使い潰している」

「その通りです。穢れなき魂、そして神聖な魔力を持ったを集め、結界へと魔力を供給させているのです。絞り尽くしたらまた次の子、その繰り返しによって結界は維持されています」

「なるほど。確かに、あんたの言う通りこの国は真っ黒だな」

「この国の一部が悪だと思っていました。ですが、それは間違いでした。教国そのものが悪だったのです。故に私はこの国に罰を与えます」

「それが内乱ってことか?」

「いえ、内乱は私の意志ではありません。彼らが勝手に立ち上がったのです。今まで見て見ぬ振りをしていた彼らが……。ですが、好都合。内乱に乗じ私は聖王様の首を狩ります。後はこの国の民が国を亡ぼすか変えるかは知りません。それ以上のことを考えるのは面倒です」


 煉はなんとなくマリアの目的が見えたような気がした。

 しかし、マリア一人では足りないとも思っていた。


「結界って言うのは数年前に突然張られたんだろ? 元凶は退治しなくていいのか?」

「それは聖王様ではないのですか?」

「違う。あんたの話を聞いて確信した。この結界は神気が混じっている。つまり俺たちが倒すべき奴の関係者……裏には天使がいる」

「まあ……それは、とても愉快な話ですね。どうなさるおつもりで?」

「あんたが聖王を狙うって言うなら、俺は天使をもらう」

「ええ、構いません。好きになさってください。私の邪魔さえしなければ……」

「あんたこそ、俺の邪魔はするなよ」


 そう言って二人は笑った。

 二人とも笑顔なはずなのに、どこか空気は張り詰めている。

 側で見ていたイバラは頬を引き攣らせ、乾いた笑いを浮かべた。


「……ところで気になっていたんだが、悪魔ってのはどうなったんだ?」

「そうですね。本当は、悪魔は立ち上がった青年の手によって退けられました」

「なんだ、想像通りか」

「というのも建前です」

「……どっちだよ」

「ふふっ。簡単な話です。青年は悪魔と契約を交わしました。悪魔と人間が混じり「魔人」となる。あなたも聞き覚えのある話でしょう」

「………………確かにな。そいつの名前は?」

「――――『怠惰』を司る魔人、ベルフェゴール様です。とても、素敵な方ですよ」


 マリアはとびっきりの笑顔でそう言った。








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