第90話 競争

「――――本当ですか!? 協力していただけるというのは」

「違うって。今回はただの情報提供だ」


 夜が明けてから、煉たちは再び砦に戻ってきていた。

 目的はイリスにマリアの情報を伝えるため。


「失礼しました。それで、マリア様と遭遇したというのは本当ですか?」

「本当だ。森の中で野営をしようとしたら、教会を見つけてな。そこに聖女はいたよ」

「森の中……ですか? そのような場所に教会などなかったと思うのですが……」


 神殿騎士というだけあって、教会がどこに建てられているかを記憶しているようだ。

 煉は感心したように声を出し、イリスを褒めた。


「へぇ。神殿騎士ってのは教会の場所まで把握してんだな。すげぇな」

「い、いえっ。褒められるほどの事ではありませんよぉ」


 えへへと笑い、満更でもないようで、イリスは嬉しそうだった。

 側で見ていた副官のキューネがイリスを窘めつつ、補足した。


「隊長、お顔が緩んでますよ。レン殿、普通の神殿騎士は教会の場所など把握しておりません。隊長が変なだけですのであしからず」

「ゆ、緩んでないしっ! 私は変じゃないもん!」

「もんって……どんどん最初のキャラが崩壊していくな。イリスが変なのは置いといて、聖女の話を続けよう。森の中の教会は奴の魔法だ。魔法によって生み出した実体を持つ幻覚。普通の人間じゃ違和感すら感じないだろうな」

「なるほど。それほどの技量……さすが聖女様ですね。全騎士に伝令を送り、気を引き締めなければなりませんね」

「………………無視しないでぇ」


 イリスが泣きそうな目で二人を睨むが、意に介さず。

 煉たちは情報交換を続けた。

 さらに気落ちしたイリスをイバラがどうにか宥めたことで、ようやく落ち着いたのだった。


「こほん。とにかく、本日は朝早くから情報提供ありがとうございます。神殿騎士の誇りに懸け、必ずやマリア様を見つけ出してみせます」

「ああ、別にそこまで頑張らなくていいぞ」

「――――へ?」


 イリスは素っ頓狂な声を出し、なぜかオロオロとしだした。


「ど、どうしてですかっ? 私、頑張って……」

「俺もあいつに借りが出来ちまったからな。それを返さなきゃならねぇ。あんたらが見つけたところで逃げられるのが関の山だ。仮に捕まえたとしたら俺が困る。だから、そんなに頑張らないでくれ」

「そ、そんな自分勝手な……」

「俺は冒険者だからな。俺は俺の意志でやりたいようにやるのさ。だから、俺は個人的に聖女の捜索を行う。できれば邪魔はしてほしくないな」

「うぅ……で、ですが、こちらも仕事ですのでっ。邪魔と言われても困りますっ!」

「じゃあ、競争だな。神殿騎士が見つけて捕まえるのが先か、俺が見つけて借りを返すのが先か。精々頑張ってくれな」


 言いたいことだけ言い、煉は立ち上がった。

 話が終わったことを察し、イバラも同様に立ち上がって煉の後を付いていった。

 アイトはどうしていいか分からないまま、とりあえず煉に倣い退出した。

 部屋には呆然としたイリスと、そのイリスを眺めてはうっとりしているキューネが残されていたのだった。








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