第88話 狂信者

「……なんだよ、あれ」

「……わ、私にもわかりません。ですが……あれは……」


 煉の背後で見守っていた二人は、マリアが顕現させた大罪宝具を見て、恐怖に染まった表情を浮かべていた。

 白銀に輝き鮮やかな紫を纏う大鎌は、一見神聖なモノに見えるはずが二人の顔は正反対に影を落としている。

 まるで得体の知れない何かを見たときのように。


「っ!? それ、やっぱり大罪魔法士なら持ってんだな」

「もちろんです。これの成り立ちは……ご自分でお調べください。長々とお話するのは面倒ですので」

「変なところで物臭な奴だな、あんた。それも『怠惰』の影響か?」

「恩恵、と言ってほしいですね。この力のおかげで私は真に神にお仕えするということを理解しましたの。故に、私は神の名を偽り、人々に悪事を働く方々を粛清しているのです。この国は特に悪です。純粋な幼子や娘たちを拐かし、卑劣な行いをする。そしてその行いを許容する方が存在すること。その行いを知ろうともせず無知なまま偽りの神を信仰する方々。そのすべてが悪です」


 マリアは微笑みを絶やすことなく話した。

 その様子から煉は納得したように声を漏らした。


「……だから、殺したってか? それなら……ああ、そうだな。確かに俺は狂気に染まっていないのかもしれない。だがな、あんたの言っている狂気は、ただ狂ったように神を信仰している狂信者に当てはまるものだ。俺には関係ない」


 マリアの話を聞いたうえで、煉はそう言い切った。

 その煉の言葉を聞き、マリアは初めて表情を崩した。

 不思議なものを見るように、煉を見つめていた。


「ここまでお話ししても、あなたには理解していただけないのですね。わかりました。ええ、今宵はあなたにぴったりの『夢』を見させてご覧に入れましょう。覚悟はよろしいですね」

「やれるもんならやってみろ。狂信者がっ!」


 煉は刀を鞘に納め、居合の構えを取った。

 マリアは構わず大鎌を振りかざし――――その瞬間、マリアの姿が掻き消えた。

 煉が意識を逸らした一瞬でマリアは煉の目前へと迫っていた。


「ちっ! 幻覚かっ!!」

「何もせずおしゃべりをしていたわけではありませんので。不意をついたはずですが、やはり反応速度がよろしいようですね」


 マリアが大鎌を振り下ろしたところには黒い靄がかかっていた。

 瞬時の判断で回避行動をとった煉は冷汗をかいていた。


「その黒い靄……かかれば悪夢に閉じ込めるってか」

「悪夢だなんて。これはいわば神の恩恵。その身で神の素晴らしさを体感することができるのです。むしろ瑞夢と言っても過言ではありません」


 煉は嫌そうな顔をした。

 煉にとってはまさに悪夢となるだろう。無意識に拒否反応を起こした。


「まあ、そのように嫌そうな顔をなさらないで。神の全てを受け入れるのです」

「絶対お断りだ!」


 言い合いの最中、煉は記憶を総動員して思い出すのに必死だった。

 いつかのゴルゴ―ン戦。無我夢中で出した自身の大罪宝具。

 あの時の煉は何をしたのか、記憶の中を辿っていた。


「――考え事ですか? 余裕があるみたいですね」

「っ!!?」


 咄嗟にしゃがみ、真横に払われた大鎌を躱す。

 突然目の前に現れるマリアに反撃することができず、対応で手いっぱいになっていた。

 そんな煉はイライラしたように髪をかきむしり、一か八かで叫んだ。


「確か……我が敵を払う罪深き宝具。顕現せよ!」


 しかし、何も出現することはなかった。

 何も起こらず戸惑った煉。その一瞬が命取りとなった。

 煉の背後に出現したマリアが首元に大鎌を当て、囁いた。


「それでは真詠唱には程遠いかと。鍵言が弱すぎるのです。罪名もご存じない様子。あなたはまだ知らないことが多すぎますね。必要なことがたくさんあります。感情も罪も意志も、全てが中途半端なのです。あなたのその力は………………いえ、これ以上はご自分でお考え下さい。それでは、良い夢を」


 そしてマリアは鎌を引いた。

 刃は煉の首を狩ることはなくすり抜けた。

 煉の首には傷もなく、何事もなかったかのように見えた。

 しかし………………。


「レンさん!?」

「おい、レン!!」


 そこで意識は途切れ、煉は夢の中へと旅立っていった――――。






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