第87話 死神聖女の力

 イバラとアイトが教会を出てから、未だ数分。

 にもかかわらず、地を揺らすほどの轟音が鳴り続けていた。

 アイトは、おろおろと落ち着きのない様子でイバラの近くをうろついている。


「な、なあ、レンのやつ大丈夫なのか……? あのシスターのこと『死神聖女』って呼んでただろ。相当強いって言ってたじゃないか」

「そうですよ。でも、私たちに出来ることはありません。ただ、こうして待っているだけ……。それがどんなにもどかしいかっ………!」

「す、すまん。少し落ち着――なんだぁ!?」


 アイトが落ち着きを取り戻した瞬間、ひときは耳をつんざく音が響き、教会の天井を一本の火柱が突き抜けていった。

 すると、廃教会は蜃気楼のようにだんだんと薄れて消えてしまった。

 廃教会のあった場所には、体に数箇所切り傷を刻まれた煉と聖母のような笑みを崩さない無傷のマリアが対峙していた。


「やっぱり、幻術使いか。面倒だな」

「ふふ、ふふふふふ。とても、とても楽しいですね。ここまで心が高揚したのは、いつ以来でしょうか。未だ首が落ちてないなんて……。素晴らしいですわ」

「そんな褒められた気がしねぇな。神聖魔法と大罪魔法を同時に使うとか……チートにも程がある」

「ふふふ。あなたのそのお力、相当なご苦労をされたことでしょう。あなたの力、思考、全てがその業を背負うにふさわしいでしょう。共に偽神と戦えることを嬉しく思います」

「そうかよ。あんたと一緒に戦う気はさらさらないけどな」

「あら、そのような寂しいことをおっしゃらないでください」


 そう言ってマリアは冗談交じりに悲し気な顔をする。

 その余裕そうなマリアの様子に、煉は舌打ちをして攻撃を仕掛ける。

 豆粒サイズの火球を数千生み出し、煉の頭上が赤く染まった。

 そして空中に留まった火球を興味深そうに見つめるマリアへと、火球は超高速で打ち出された。


「ハチの巣になれ、〈豆炎球ビーン・ファイア〉」

「ふふふ。とても愉快な魔法をお使いになるのですね。自由気まま、縛り付けられることなく好きなように形を変えることができる。全てはあなたのイメージ次第ということですか。――――ですが、この程度では牽制にもなりませんよ」


 超高速で殺到した数千の極小火球を意にも介さず、大鎌で打ち払った。


「先ほどから、大した魔力も込めていない矮小な魔法ばかり……何を考えているのかと思いましたが、お仲間の方々がいらしていましたね。失念しておりました。巻き込まないように制限していたというわけですね。悪態をつき、自儘に道を歩む人かと思えば、周囲への配慮もできる方だとは。それも美徳です。神があなたにお与えくださったものです。誇ると良いでしょう」

「バカにすんなよ。俺は神なんか信じちゃいねぇ。神なんて存在しねぇんだよ。この世界でだってなぁ、神を自称してるバカが支配者面してるだけだ。そのバカを滅ぼせってのがサタンとの契約だ。そのために俺は俺の道を行く。神の意志も何も関係ない」


 煉がそう言い切ると、マリアは不思議そうな表情を浮かべた。

 煉の言っていることが理解できないというような顔だった。

 そして、少し考える仕草をすると、次の瞬間には笑みを浮かべた。


「……なるほど。まだ、神の御業を知らないのですね。それなら、ええ。わかりますとも。あなたの言いたいことは分かります。いえ、無知は悪ではありません。単にその機会がなかったというだけの事」

「何言ってんだあんた?」

「ふふふ。強がらなくて良いのです。いずれ、あなたにもわかる日が来ます。その時を私は楽しみにすると致しましょう。

 ……今宵はここまでといたしましょう。最後にレンさん、あなたの足りないものをお教えします。今のあなたでは、まだ私たちの領域には届きません。あなたはまだ――――

「……何の話だ? 狂気?」

「ええ。背負った罪に値する代価は支払わなくてはなりません。『憤怒』であるレンさんであれば尚更。あなたのために少しだけお見せいたします。大罪魔法の真の力を。――――我が夢、現に蔓延る悪を断つ罪深き宝具。顕現せよ『夢紫藤』」


 マリアは静かにそう告げた。

 すると、マリアの手に持っていた大鎌が姿を変える。

 禍々しいほどに黒い刃は、透き通るような白銀へと変化し、紫色の鮮やかな藤の花が鎌の柄に咲いた。


「大罪宝具。大罪魔法士のみが持つ最強の武具です。あなたもお持ちのはずです。自らの意志でこれを手に取れないのであれば、あなたはまだまだということです。精進を――――――」





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