聖都狂乱編

第82話 教国への旅

「――……ン……さん…………レンさん!」

「! ん? な、何事?」


 耳元で出されたイバラの大声で目が覚めた煉。

 何かあったのかと、寝ぼけ眼で周囲を見渡す。


「もうすぐ国境ですから、ちゃんと起きてください」

「あ、ああ、そっか。もうそこまで……」


 煉とイバラは馬車を乗り継ぎ、約一か月の旅路を進んでいた。

 目的地はゼウシア神聖教国を越えた先にある冒険者の街、「霧の都」ミストガイア。

 世界で唯一死界に隣接している街である。

 今回の旅は死界の攻略を目的としている。そのため、死界に近い街に滞在することを決めたのだった。

 そこまで思い出して、煉は国境付近に来ていることを実感した。


「案外早く着いたもんだなぁ」

「そりゃ、全部ふたりのおかげさ。魔獣も追っ払ってくれたし、馬には魔法までかけてくれた。至れり尽くせりでこっちがありがたいってもんよ」


 これまでの道中で出た魔獣は煉が討伐し、イバラは馬車を引く馬を感応魔法によって強化した。

 その結果、馬が疲労が減りその分の休憩が減った。さらに元気な馬はぐんぐんスピードを上げ、街道を進んでいった。

 ミミールから教国国境まで二週間とかからず来てしまった。


「いやいや。聖都まで乗せてくれる上に金も要らないってことだし。俺たちの方こそ助かってるよ」

「お互い様ってやつだな!」

「そういうことだ」


 旅の中で煉と御者のアイトは気が合ったようで、かなり仲良くなっていた。

 野営の番に二人で朝まで飲み明かすこともしばしば。

 そのせいでイバラに御者を任せ、二人馬車の中で爆睡することもあったとか。

 二人ともイバラには頭が上がらないのである。


「しっかし、レンさんや。ミミールから聖都まで行くなんて、冒険者ってのは大変なんだなぁ」

「目的地はその先だけどな。アイトこそ、聖都まで行って商売なんて……普通の商人はそんなことしないだろ」

「まあなぁ。聖都って言やぁ、七神教の総本山。大聖堂オリュンピアがあるところさ。教国は国民全員が信徒であり、最も厳格な国って話だ。普通なら誰もそんな場所で商いをしたいなんて思うわけねぇ。だがな、そんな国の一番有名な都市で商売成功したら……俺ぁ晴れて大金持ちってわけさ。目指せ、大商人!ってなぁ!」


 そう言うアイトの目は輝いていた。

 旅の中でいつもアイトが語る夢、大商人になるということ。

 そんなアイトの真っ直ぐな姿が、煉とイバラには眩しく視えていた。


「大商人……なれるといいですね……」

「チッチッチ。イバラちん、それは違うぜ。なれるじゃなくてなるのさ! 夢とかそんな曖昧なもんじゃねぇ。大商人になるのが俺のゴールだ」

「ふふっ。もうなるのは決まっていたんですね」

「おうとも! すでに決まっているのさ!」

「………………思ったんだけど、聖都って部外者が商売とかできんのか? 最も厳格な国なんだろ。そういうのにも厳しいんじゃないか?」

「…………………………………………………………できるさ」

「ノープランだったのか。聖都で儲かるのは諦めたらどうだ?」

「う、うっせぇ! 俺は絶対に聖都で儲かるんだからな! 俺の魔道具ならできるはずだ!」


 アイトは魔道具職人である。

 簡単な魔法しか使えないアイトが試行錯誤し作り上げた魔道具は、ある種革新的な物であった。

 魔力さえあればだれでも簡単に使えるという利便性が、多くの人の目に留まり、アイトの魔道具で成り立っているという街もあるほどだ。


「まあ、応援してるよ」

「くっそぉ…………見てろよ。絶対にレンを見返してやるからなっ!」

「ははっ。楽しみにして――――」


 煉が言葉を切って、馬車の中で突然立ち上がった。

 その表情は酷く険しいもので、イバラは瞬時に察した。

 一方アイトは何が何やらとあたふたしていた。


「……囲まれてるな。イバラ、アイトを守れるか?」

「……数で押されてはどうしようもないですけど、できることはします」

「よし。アイト、馬車から絶対に出てくるなよ。できるだけイバラの側にいろ」

「わ、わかったっ!」


 イバラが御者台に座り、煉はひとり馬車から降りた。

 すると馬車の周囲から魔力の揺らぎが起こり、突然真っ白な甲冑を纏った騎士たちが出現した。

 煉たちは既に包囲されていたのだった。






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