第81話 死神聖女②

 ――――その日、大聖堂は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。


 大聖堂内では悲鳴が響き渡る。

 至る所に人の首が転がり、廊下や壁、天井には血と肉片が飛散していた。

 その中をひとり闊歩する人影が。

 これを為した人物、『死神聖女』マリアである。

 マリアは今回の噂に関係しているであろう人物を見つけると、一つだけ質問をした後、即座に首を刎ねていた。

 真っ白な修道服は無数の返り血で赤く染められ、大鎌の刃に付着した血を振り払う姿は、まさに「死神」そのものであった。


 遅れて現場に到着した神殿騎士数名は、悲惨な大聖堂を見て息を呑んだ。

 転がる生首を見ても顔色一つ変えず、ただ犯人を捕まえるために行動した。

 しかし、不安もあった。

 転がる首はほとんどが司教たちであったからだ。

 高位の神官である司教を容易く殺害するほどの強者。

 それを相手取るのに、少し人数が心許なかった。


「………………お前ら、覚悟はできているな?」

「……無論です」

「隊長こそ、手が震えてますよ」

「当然だ。これほどの惨状を生み出す強者だ。我ら五人で捕らえられるかどうか……」

「隊長。心配する必要は皆無です。我らは誇り高き神殿騎士。神に選ばれし騎士なのです。たとえ如何な傑物であろうと、神殿騎士たる我らに敵う者などおりません!」


 隊の中で最も若い騎士がそう言いきった。

 その言葉を聞いて隊長と呼ばれた男は不安そうな顔を浮かべた。


「………………まあ、いい。最悪姿だけでも確認し、応援を呼ぶこととする。このことは聖王様に報告せねばならんからな。逃がしても指名手配されることだろう。行くぞ」


 隊長は廊下にあった血の足跡をたどり、マリアの行き先を追った。

 マリアが向かっていたのは地下施設。

 大聖堂でも司教以上の人物しか立ち入りを許可されていない場所だった。

 開いたままの扉をくぐり地下への階段を下りる。

 地下は魔力光によって明るく照らされ、階段から一望できるようになっていた。

 そして、地下の実情を見た騎士たちは言葉を失った。


「………………な、何だこれは」

「うっ、おえぇぇ」

「……ひどい」


 ある種の実験場のような施設だった。

 奥にある重厚な扉の先、ガラス張りのような部屋では今まさに絶叫が響き渡っていた。

 声を聞いた騎士たちは、気を持ち直し急いで奥の間へと向かった。

 そこで見たものは――。


「っ!? ま、マリア様!?」

「あら。神殿騎士の方ですね。それにあなたは……ステイツでしたか? お元気そうで何よりですわ」

「……この惨状は一体……それよりも、大聖堂のあれはもしや……」

「ええ、私がやりました。これは粛清ですもの」


 満面の笑みでマリアはそう言った。

 そのマリアの後方では、ひどく怯えた様子の幼子や娘が数人壁際で固まっていた。


「………………その容貌、『死神聖女』とはあなたの事でしたか」

「そうですね。今はそう呼ばれることが多いかもしれません」


 すると、マリアの前に一人の若い騎士が出てきた。


「『死神聖女』だと。貴様! あの極悪人であったか! 何が粛清だ! このような虐殺が粛清であってたまるか! 貴様のような悪人を生かしてなどおれん! 聖女を名乗る不届き者はここで!!」

「ばっ!? やめろ!!」


 若い騎士がマリアの頭上から剣を振り下ろす。

 しかし、それはマリアの手前で見えない壁によって阻まれた。


「なっ!?」

「まあまあ。おやめになってください。あなた方は粛清の対象ではありません。もし……この件に関わっているのであれば話は変わりますが。ステイツ、あなたは地下室のことについて何かご存じでしたか?」

「………………いえ、私は何も知りませんでした。大聖堂の地下にこのようなっ………!」

「ふふ。そうですか。安心しました。やはり腐り果てていたのは大司教様以下司教様方のみ。

 あなた方も見たでしょう。檻に入れられた幼子や生娘たち。あのように怯え、次は自分の番だと恐れを抱く。

 彼女らを使い大司教様は何かをなさっていた。幼子は実験の道具に、娘たちは慰み者に。別の檻には廃棄と書かれた死体の数々。

 これは悪です。神に仕える身でこのような非道な行い、見過ごすわけには参りません。

 故に、私は新たなる主命により、愚かなり偽神にお仕えする悪を断罪しに参りました」


 そう言って彼女は、逃げ出そうとしていた司教の首を刎ねた。

 あまりにも綺麗に切断される首。痛みすら感じることなく死を迎えた司教。

 その行いはまるで女神の慈悲のよう。

 隊長は死を運ぶ聖女たる所以を垣間見たような気になった。


「これで私の此度の主命は果たせました。私は一度帰るとしましょう。聖王様に報告するも私を追い回すもあなたの好きにしてくださって結構です。ですので、この場はこれにて」

「お、お待ちください! マリア様!!」

「――――――――〈堕落を誘う雲海フォールン・クラウディア〉」


 騎士たちは紫がかった雲に包まれた。

 だんだんと意識が朦朧とし、気づいたころにはその場で眠りについていた。

 隊長は意識を失う寸前、マリアの悲し気な笑顔を見た……ような気がした。



 







 その翌日、ゼウシア神聖教国では厳戒態勢が敷かれ、『死神聖女』マリア・ノールダムの捜索が行われた。

 これまでの指名手配に加え、マリアの首には賞金まで懸けられることとなった。








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