第80話 死神聖女
ゼウシア神聖教国。
世界最大の宗教国家。
国民すべてが必ず信徒であり、世界で最も信徒が多い「七神教」の総本山を有する。
七神教のトップである聖王が国を治め、治安維持は神聖騎士団が担っている。
神の教えは絶対であり、一切の悪を許さない。
最も厳格で最も規律を重んじる国である。
ゼウシアの首都ヘーラにある、大聖堂に一人の美女が訪れていた。
金髪碧眼、優し気な目で微笑みを絶やすことのない顔は、人々に安心感を与える。
まるで地上に降りてきた女神のような雰囲気を纏っていた。
その美女は、ステンドグラスから指す陽光の下で一人祈りを捧げていた。
荘厳なその光景に、誰もが目を奪われることだろう。
「――――……さて、祈りも済ませました。これより、粛清を開始しなくては」
気づいた時にはその小さな体に不釣り合いな大鎌を手にしていた。
禍々しいフォルムで何もかもを吸い込んでしまいそうな黒い刃。
滴り落ちる赤い液体がより怪しさを醸し出している。
歩き出した美女は、聖堂の奥、教会本部の中に入って行った。
勝手知ったるかのように歩く美女は、迷うことなくある部屋の扉の前にやってきた。
そして扉を数回ノックする。
「――――誰かね?」
「ふふふ。お久しぶりですね、大司教様。マリアですわ」
「っ!? なぜ、貴様がここにっ!? 神殿騎士団はどうした!」
「まずはお話しをしましょう。失礼いたしますわね」
大鎌を持った美女――マリアは結界や魔法罠によって厳重に施錠された扉を、軽く振るった大鎌で難なく切り裂いた。
中にいた大司教は驚愕の表情を浮かべたまま、硬直していた。
「改めまして、マリア・ノールダムですわ。手荒な入室で申し訳ございません。此度は大司教様にお伺いしたいことがございまして、参りました。お話し、していただけますわよね?」
「貴様と話すことなど……私には何もない。即刻立ち去るがよい。今念話にて神殿騎士団を呼んだ。貴様に逃げ場などないがな!」
「あらあら。せっかちな方ですわね。それに……神殿騎士団は来ませんわよ」
「何を言っている! 現に今、こちらに向かって」
「そうですわね。少し語弊がありました。――――数名の神殿騎士を残して、眠っていただきました。命に別状はありませんわ。ただ、眠っているだけです。私の邪魔をしてほしくないので」
マリアがそう告げると、大司教は信じられないと顔を歪めた。
そしてマリアへと魔法銃を向けた。
「戯言を! 貴様の話など誰が信じるものか! 神に仇なす愚か者めが!」
「まあまあ。そのようなもの、無粋ですわ。私はただ――――お話をしたいだけですのに」
困ったような顔をして、マリアは大鎌を振るった。
大鎌の間合いの外だというのに、大司教の持っていた魔法銃は細切れにされた。
「なっ!? 貴様、何をしたっ!!」
「お話しには必要のないものですので、壊して差し上げました。残していては面倒ですし。それより、私、聞きたいことがあるのですわ」
「貴様に話すことなどないと申した! くそっ、神殿騎士はまだか……!?」
「最近このような噂を耳にしたのです。大司教様を筆頭に数名の司教様方が幼子や生娘を攫い、神降ろしの実験、そして欲を満たしていると。本当ですか?」
「ふん。そのようなこと、私がするとでも思っているのか? 信憑性もない噂を信じ、ここまでやってくるとは。やはり貴様は愚か者であったな」
「ふふふ。大司教様、お忘れですか? 私に嘘をついてはならない、と。今のお言葉――嘘ですわね?」
「!? なぜ、未だに神聖魔法が使えるのだ!? 貴様は、すでに聖女ではないというのに!」
「ふふふふふ。私がなんと呼ばれているかお忘れなのですね。私、結構この異名を気に入っていますのよ」
マリアにそう言われ、思い当たったように声を漏らす。
「…………死神、聖女………っ」
「そうですわ。私は未だ神に仕える身。神聖魔法が使えるのは当然の事。そして新たなる主に、私は真なる御力を授かりました。主命に従い――――粛清を開始します」
「ま、待てっ! 貴様は何を言っている!? 新たなる主、だと!? そのような存在がいるものか! 主は、天上世界に七神様しか存在しない!!」
「いいえ。彼らは偽りの神。人々の生活を豊かにしてくれる存在ではありませんでした。偽りの存在が世界を統治するなど、悪辣極まりないものです。故に私は、主に従い、偽神を討ち倒すことにいたしました。その足掛かりとして、此度は教会に蔓延る悪の断罪を為します。新たなる主――ベルフェゴール様のお導きです。お覚悟を」
迫りくる大鎌を避けることができず、大司教の首は一瞬にして切断された。
血しぶきで赤く染まる部屋の中、マリアはひとり呟いた。
「ふふっ。やはりいちいちお話をするのは面倒ですわね。しかし、問答無用で切り捨てるのもいかがなものかと。難しいものですね。ああ………………面倒」
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