第79話 傲慢と強欲

「……おい、てめぇ。いつからそこにいた? 俺が気づかねぇなんてありえねぇ」


 オロチが大剣をゲンシロウへ向けて問いかけた。

 その顔には動揺と怒りが混在していた。


「やめとけよ。お前じゃ俺の相手にはならん。俺はそこのピンクに用があんだ」

「っ、てめぇ!!」

「よい。控えよ、オロチ」


 龍王にそう言われ、オロチは渋々大剣を納めた。

 纏っていた武威も消え、玉座の後ろへと下がった。


「して、何用じゃ? 妾はこれより優雅なてぃたいむにしようとしていたのじゃが、穏やかな話ではないのだろ?」

「当たり前だ。大した用もなくここに来るかよ。つっても、大体は察しが付いているだろうが。……天使が本格的に動き始めた。俺たちの出番もそろそろだ。どうだ、調子は?」

「たわけ。誰に向かって言うておる。妾は龍王であるぞ。たかが天使、たかが神相手に調子も何もないわ。妾に立ち向かってくるのであれば、蹴散らすのみよ」

「だと思ったぜ。相変わらず『傲慢』な奴だな。お前のことだから憤怒の継承者にももう会ったんだろ?」

「奴か。あれはたまたまじゃ。主が余計な手を加えたようじゃが、妾が気にするほどでもあるまい。今は、の」


 その言葉と同時に、お茶を持ってきたミズチが戻ってきた。

 ゲンシロウを見たミズチは、瞬時に警戒態勢を取り、龍王を守るように立った。


「なぜ貴様がここにいる! 貴様だけは龍王様の前に通さぬように厳命していたはずだ! 答えよ、!!」

「その名で呼ばれるのは久しぶりだな。あれは別に狙ってたわけじゃねぇし」

「嘘を吐くな! 世界中歩き回り、龍の討伐によって名をあげたのではないか!」

「それは違うな。別に龍だけを討伐していたわけじゃない。俺の欲を満たしてくれるのが龍しかいなかっただけだ」


 あっけらかんとした様子でゲンシロウはそう言った。


「主の業もなかなかよの。その名の通り『強欲』ではないか」

「バカ言え。俺の欲なんて大したことないだろ。金も権力もいらない。美味い飯と酒、それに女がいれば生きていける。だが、欲を満たしてくれるのは強者のみ。強い奴と戦うことだけが俺の心を埋めてくれるのさ」

「だから、それが『強欲』だと言っておろう。そんなに戦いたいのであれば今飛び回っている天使でも相手にしておればよかろう」

「ありゃダメだな。物足りねぇわ。ここに来る途中でも一人ぶった切ってきたが、つまんねぇ奴だったわ。なんだったっけな……確か、『恐怖』を司るロウエル、とかいう天使だったな。弱すぎて話にならねぇ」


 不満そうに口を尖らせた。

 そして、何かを閃いたのか、表情を明るくし龍王に向かって


「なぁ、せっかくここまで来たんだ。――――お前、相手にしてくれよ」


 そう告げた。

 その瞬間、側にいたミズチとオロチから濃密な殺気がゲンシロウへと向けられた。

 二人の殺気を受けて尚、ゲンシロウは不敵な笑みを絶やさず視線は真っ直ぐに龍王を見ている。


「……ほぉ。妾に主の相手をせよ、と。新手の自殺志願かの? それともなんじゃ、妾を笑せようとしておるのか? 面白い冗談じゃ」

「何言ってんだ。本気に決まってるだろ? 最強とか言っているようだが、疑わしいもんだ。俺が見定めてやるよ」

「……棒切れ一本振り回し、ちやほやされ勘違いをしておるようじゃ。矮小な人間が、誰に向かって言っておる。これ以上そのふざけた口を開けぬよう、妾の牙をもって粉砕してくれようぞ」


 龍王は立ち上がり、金の瞳をぎらつかせゲンシロウを睨んだ。

 縦に割れた瞳の威圧感は、まさしく最強種である龍の象徴だった。


「いいねぇ……存分に俺の欲を満たす糧となってくれよ」

「貴様の全てを懸け、挑むがよい。後悔してももう遅いがの。――――ミズチ、留守は任せたのじゃ」

「はい。お気をつけて」


 ミズチは頭を下げて龍王を見送った。

 龍王が指を鳴らすと、玉座の間から二人の姿が消えた。

 その場にはミズチとオロチだけが残された。


「……いいのかよ」

「陛下の意志です。私が言うことはありません」


 二人はただ、主の帰りを待つだけだった。






 その数日後、とある海に浮かぶ巨大な無人の島が消え去った。

 その海域は濃密な魔力と瘴気が充満し、誰も近寄ることはできなくなった。

 そして、数年の後、海底で発見された島であった何かは、新たな死界として認定されることとなった――――。






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