第75話 燃え上がる憤怒と涙のわけ

 ……何だこれ。

 俺は死んだのか?

 体も動かないし、魔力も感じない。

 なぜか意識だけが残っている状態だ。

 イバラは? 美香はどこに行った? というかあれは本当に美香なのか?

 だめだ、何も分からない。頭が働かない。

 こんな意識だけ残っている感覚が気持ち悪い。

 どうしてこんな……。


(おいおい、なーにやってんだよ。こんな程度の魔法にやられやがって)


 ……誰だ?

 どこかで聞いたような。

 この声を俺は知っているはずなのに、何も考えられない。


(本来なら死んでいるさ。これは何もかもを止める。時間も空間も、何もかもな。だが、お前さんの心はまだ死んじゃいない。なぜなら、炎が燃え続けているからな)


 炎だと?

 こんな氷の世界でまだ炎が燃えるって言うのか?


(当たり前だろ。お前さんの炎はただの炎じゃねぇ。それの燃料は感情。怒りや悲しみが強ければ強いほど、憤怒の炎は燃え上がる。たかが氷に覆われたぐれぇじゃ消えやしない。お前さんもわかっているだろ)


 確かにそうだ。

 だが、何も感じない。

 炎なんて、そんな熱量がどこにあるのかさえ分からない。

 俺は……無力だ。


(ったく。仕方ねぇな。今回だけだぞ。手を貸してやるから、後は自力で何とかしろ。他の奴らを助けるなりなんなりすればいいさ)


 そんなこと、俺にできるのか?


(できるさ。たかが天使の魔法だろ。お前さんに託した願いはなんだ? 俺との契約を忘れたわけじゃないだろ)


 契約……? 

 俺は誰かの願いを受けて……あの谷の底で、俺は……。


(お前さんは何を望んだ? その力を持って、お前さんは何をするんだ? さあ、思い出せ。お前さんの心に燻っている種火を)


 俺は……そうだ、俺の目の前で起こる理不尽を全て蹴散らすって。

 誰かを助けるためでもなく、誰かの代わりでもなく、俺自身が、そう望んだ。

 感情のままに、俺の思うがままを貫くために……俺は力を望んだんだ。

 そして、あいつとの約束を――――理不尽を強いる神を討ち滅ぼすと誓ったんだ!


(……上出来だ。あとはどうすればいいかわかるだろ。ほら、今回だけの特別サービスだ。受け取りな。……頼んだぞ、ツバキ)


 手に何かを握った感触。

 だんだんと意識が覚醒していく。

 胸の奥から熱い何かが湧き上がってくるのを感じる。

 そうだ。これは――怒りだ。

 イバラも巻き込んだ自分自身の弱さ。ここにいる誰も守れなかった己の力量不足。

 そしてあの天使。あれは美香であって美香じゃない。美香に何かしたやつがいる。

 それが神とやらだ。

 ああ……イラつくなぁ。

 こんなにも怒りを感じたのは、初めてだ。

 だからこそ俺は――――この怒りを燃やし、理不尽を強いる神を、許さない。


「――世界を灼熱の劫火で焼き尽くせ〈神滅の焔メギド〉」


 その瞬間、白銀に染まった世界は、燃え去った。

 停滞していた時間は動き始め、平原いた人々は燃え盛る大地に生を取り戻した。

 その中心で燃え上げる焔の剣を手に持った煉へ、膝をつき祈りを捧げた。



 ◇◇◇



 ――――ある森の中の廃教会。


「――おや、これは……熾天使様ではありませんか。このような廃れた教会へ足を運ばれるなど、珍しいこともあるものですね」


 私は律儀に入口から入ってきた蒼髪の熾天使様へと声をかけました。

 地上に降りてきているのは知っていましたが、まさかここに来るとは思っていなかったです。


「敬虔なシスター、あなたこそこのような教会で何をなさっているのですか?」

「熾天使様もおっしゃったように、私はシスターです。教会にいるのは当然の事です。時折、このような廃教会に赴いてお掃除をしております。神への祈りの場が汚れていては申し訳がたたないというものです」

「なるほど。その信心深い心を忘れないようにしなさい。私は誰もいない教会で祈りたかっただけです」

「そうですか。では一つだけ――――どうしてあなたは涙を流しているのですか?」


 教会に入ってきてから、いや、それよりもっと前からずっとでしょうか。

 ここに来るまでずっと涙を流されていたと思われます。

 そのことを指摘すると、熾天使様は驚いた顔をして、目元を拭われました。


「これは……何かの間違いです。天使である私が涙を流すなど……もう行きます。失礼」

「ええ、あなたに神の慈悲があらんことを」


 忙しない様子で熾天使様は出ていかれました。

 これは何かあったに違いありません。

 あの熾天使様は私は見たことないので、新たに召されたのでしょうね。

 ふふ、ふふふ……。


「これはこれは、私もそろそろ動き始めないといけないみたいですね。乗り遅れる前に本部にて情報を集めましょうか。それと……汚職塗れの司教様方に神罰を与えなくては」


 愛用の大鎌を手に、私は廃教会を後にします。

 ようやく世界が動き始めたのです。

 これに乗り遅れるわけには参りません。

 そう。私の目的のため――――不遜なる偽神を討ち滅ぼすために。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る