第74話 氷河世界

「……ウリエル……ラファエル」


 新たな天使の出現に煉は顔を歪めた。

 一人でも対処しきれていないところでの増援。

 煉は死を覚悟し、戦う意思を見せた。


「おっ? なんだなんだ、やる気かぁ? 生憎だが、あたしたちは手を出すわけにいかねぇんだ。また今度な」

「姉様、彼はここで死にますのよ。次会うことはないでしょう」

「あ、そっか。そうだったな。残念だな~。せっかく楽しめそうな奴を見つけたってのに。おい、ミカエル! あたしが我慢できなくなる前に終わらせろよな!」

「……わかっています。それよりも、あなたたちは頼まれた仕事も遂行できないのですか? 私が依頼したことができていないようですが」

「ふふふ。それはわたくしの判断で変更いたしました。これは『神の試練』でありますのよ? であれば、愚かな人間を選別することに意味があるとは思わなくて?」

「……まあ、いいでしょう。これ以上彼一人を相手することに意味はありません。あなた方がそうお考えなら、まとめて死を与えるのみ、です」


 そう言うと、ミカエルは高く飛び上がり翼を広げ制止した。

 そして、空間が揺れるほど魔力を高め始めた。


「あらあら、これは……」

「こんなところでそれかよ。あたしらも危ねぇかもな。ラーフ、先に帰るぞ」

「そうですわね。ここにいては巻き込まれてしまいますし。ミカエル、わたくしたちはこれにて」

「ええ、後できちんと話し合いをしましょう」


 突然現れた二柱の天使は、何もすることなく慌てて飛び去って行った。

 空で何を話していたか煉には聞き取れなかったが、魔力の鼓動から死を予見した。


「――――おい、お前ら! 転移できんなら、あそこで呆然としている奴ら連れて街まで跳べ! ここにいたら全員死ぬぞ!!」

「っ!? 赤坂さん!!」

「む、無理だよ! あの人数を連れての転移なんてできないしっ、そんな魔力だって残ってないよ!」

「ちっ! イバラ、どこまでなら逃げ切れると思う?」

「森を抜けないと厳しいでしょうね。私の魔法で強化しても数分で森を抜けることはできませんけど」

「だよな……」


 煉は頭を振り絞って対策を練るが、出る答えは一つしかなかった。

 それは――――ミカエルを斬ること。

 しかし、今の疲弊した煉では致命傷を与えることもできない。

 その上、美香と同じ顔をした天使を斬ることができるのか、という懸念もあった。


「まずいな……詰んだ」

「どんな魔法を使うのか分かれば」

「それでも、足りないな」

「そうですか。諦めます?」

「……馬鹿言うな。こんな理不尽、俺が許すわけねぇだろ」


 そう強がって見せる煉だが、もう炎弾一つほどの魔力しか残っていない。

 無尽蔵と思っていた自分の魔力にも、限界があること煉は知った。

 そして、発動準備が整ったようで、空から静かな、そして厳かな声が平原に響き渡った。


「――――神の裁きをここに。熾天使ミカエルが代行者として告げる。氷の牢獄、閉ざされた世界に命なく、何人も動くことすら能わず。時の停滞、すなわち死と同義である。神託は下った。今ここに、氷河の地獄を現出せん。



 ――――――〈氷河世界ニブルヘイム〉」



 その瞬間、平原におけるすべての存在の時が止まった。

 決して動き出すことのない白銀の世界が、煉たちを包み込んだ。


「ふぅ……これで、終わりました。任務完了、帰還しましょう」


 空から平原を見渡したミカエルは、満足したように頷き、翼をはためかせどこかへと飛んでいった。

 ある一点の、紅い光に気づくことなく――――。






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