第72話 望まぬ再会

「地竜!? 本当にこんなところで!? それにあの数……彼一人ではっ」


 汐里が援護しようと戦場に向かおうとする。

 しかし、イバラは手を掴みそれを阻止した。


「イバラさん、離して。私たちも行かなきゃ」

「ダメです。いくら勇者と言えど、今のレンさんの側は危険です」

「でもっ、地竜が……ざっと見ただけでも確実に三十以上よ! そんなの相手にしたら」


 竜の中で地竜は一番繁殖力があり、その上唯一群れで行動する。

 規模の大きな群れとなると百を超えることもある。

 下級竜とは言え、単体でもBランク相当の魔獣であり、数が増えるごとに危険度は増していく。

 後方で見守っていた戦士たちの中でも、あまりの恐怖で逃げ出す者が続出している。

 街で見ている人たちも諦めたような顔を浮かべるほど、危険な状態である。

 しかし、そのような状況でもイバラと煉は真っ直ぐ前を見据えていた。


「レンさんは大丈夫です。見てください。あの姿を」

「……どうして、こんな状況で笑えるの……?」

「私もわかりません。あなたたちも良くご存じだとは思いますが、レンさんはあの死界の一つ、『サタナエル・バレー』より這い上がってきました。彼にとっては危機でもなんでもないのでしょう」

「っ!? そ、そうよね……彼、あそこから戻ってきたのよね。私たちでは想像もできない地獄の世界から。わかったわ。イバラさんの言葉を信じましょう。ここまで来たのに足手まといなんて、笑えるわ」

「いえ、あなた方が来てくれたのはとても嬉しいです。一緒にレンさんを見守りましょう」

「そうね……」


 お互い頷き合い、真っ直ぐに煉を見つめる。

 二人の会話に付いていけてない他のメンバーはどうしていいか分からず、しかし、戦場に入る勇気もない。

 とりあえず、汐里と同じように煉の背中を追い続けていた。



 ◇◇◇



 戦場の中央では煉と地竜が対峙していた。

 出てきたものの動きのない地竜に、煉は少し悩んでいた。


「……ようやく本命が出てきたってのに、どうしたんだ? こっちは休みなしで半日以上戦い続けてんだ。とっとと終わらせて黒幕探しをしたいんだが」


 ひとりごとのようにぼやきながら、煉はアイテムボックスから刀を取り出し腰に下げた。

 ゴルゴ―ン戦以来、一度も『紅椿』を出すことができていない煉は、クレアの打った魔刀『伽具羅』を愛用していた。

 煉の炎を纏っても溶けない特殊な作りの透明な刃で、魔力を通すことで切れ味を増すようになっている。

 この刀でこれまで幾度も魔獣を討伐してきた。


「こいつなら、素材を無駄にしなくて済むからな。地竜の素材は燃やすなってイバラに言われてるし、いい加減疲れてきたから早々に終わらせよう」


 そう言って煉は抜刀した透明な刃を赤く染め上げた。

 そして腰を落として構えを取り、颯爽と駆け出した。


「花宮心明流炎の型首狩一閃〈火之迦具土〉!」


 煉は地竜の間を縫って通り抜け、空へと飛びあがった。

 地竜の首には一本の赤い線が刻まれ、煉の通った道筋に炎の残滓があった。

 何かの攻撃を受けた地竜は、空中の煉に向かって一斉にブレスを放とうと、口に魔力を溜め始めたが


「まとめて落ちろ」


 その言葉と同時に、キン、という音がなり、地竜の首は体から離れ地に落ちた。

 崩れ落ちる地竜の体の上に着地した煉は大きな息を吐いた。


「これでしゅーりょー。疲れたぁ」


 地竜の上で座りググっと体を伸ばし大の字で寝転がった。

 地竜が全て討伐されたことで、残っていた魔物は一目散に逃げだした。

 その様子を見ていた戦士たち、そして街ではとても大きな大歓声が上がった。

 煉がその歓声の中眠りにつこうとした瞬間、凛とした声が平原に響いた。


「――――見つけました。主命により、魔人であるあなたを排除――――?」


 聞き覚えのある声、そして呼ばれた懐かしい響きに煉は空を見上げる。


「――――美香……か……?」


 煉の頭上には、海のような蒼い長髪に、太陽の光でより一層輝く翼をはためかせた天使――――ミカエルがいた。

 多少変化はあれど、その顔と声は紛れもなく美香のものであった。





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