第71話 大氾濫 ②

 大氾濫が起きてから丸一日が経ったが、未だミミールは健在であった。

 ミミールに住まう学者の頭脳を結集し、遠く離れた場所をリアルタイムで映し出す、『映像玉』という魔道具が作成された。

 そのおかげで王宮や街の一角にある避難所では、街を守るために戦っている英雄たちの無事を祈りながら見守っていた。

 しかし、事態は想像の斜め上に向かっていた。

 その光景を見ている誰もが驚愕し、言葉もなくただ呆然としていた。

 現地で直接見ている騎士や冒険者たちは、彼らの比ではなく、戦場にいるにも関わらず誰もが武器を構えず、その背中に視線を奪われた。


 押し寄せる数十万を超える魔獣の群。

 夜明け前から止むことない侵攻を続けていた。

 だが、ある一線を越える魔獣は一体もいない。

 魔獣の屍が周囲に散らばる中、ただ独りで戦い、今なお抗い続ける。

 空に燦燦と輝く太陽に照らされた深紅の髪は威容を放ち、体から迸る炎は勢い止むことなく魔獣の群れへと襲い掛かる。


『はっ……はぁ……っ』


 荒い息を吐きながらも、煉は立ち向かう意思を止めない。

 その様子を王宮で見ていた元クラスメイトの勇者たち。

 彼らは煉の姿を見て居ても立っても居られなくなり、王へと直訴した。


「陛下、私たちもあの場へ……彼の元へ向かわせてください」

「ならぬ。カミヤ、そなたの使命を忘れたか?」

「いえ。ですが、私たちがこの場に留まっていては彼がっ……」

「『炎魔』の奮闘を見届けよ。余はこのミミールを守らねばならぬ。そのためにはそなたらの力が必要なのだ。勇者たちよ、今は耐えるときぞ」


 王を言葉に汐里は悔し気に顔を歪める。

 クールであまり感情を表に出さない汐里の様子に、クラスメイト達は動揺していた。

 汐里の表情を見て、一人の少年が王に対し意を唱えた。


「……俺は行くぞ。あいつ一人に戦わせてこんな安全な場所で見てろって? ふざけんな!」

「……須藤君」

「行くぞ、神谷! お前らも! 俺たちがあいつにしたこと、忘れたわけじゃないだろ! 罪滅ぼしにもなりはしないだろうが、何もしないよりましだ!」


 覚悟を決めた様子の須藤に感化され、他のクラスメイト達も意を決し、顔色を変えた。

 汐里も頷いて、勇者たちを率いて戦場へと向かう。

 そんな勇者たちを王は必死に止めようとした。


「ま、待たれよ! そなたらは何をしようとしているか、理解しておるのか!?」

「陛下、ご期待に沿えず申し訳ございません。ですが、彼を……元とは言え仲間を見捨てることはできません。私たちは彼の元へ向かいます。邪魔になるかもしれませんが、ここにいるよりはマシです」


 そう言って、王の制止も貴族たちの避難も振り切って汐里たちは謁見の間を退出した。

 そして城の中庭で円になり手をつないだ。


「少し距離あるけれど、みんなの魔力を足せば必ず届くわ。一秒でも早く彼の元へ。赤坂さん、お願いできるかしら?」

「わ、わかった! 私、頑張るね! みんなの力、お借りします」


 赤坂と呼ばれた小柄の生徒が目を閉じ、意識を集中させる。


「彼の地への扉をここに。開け〈転移門ゲート〉」


 彼らの足元から魔法陣が浮かび上がり、光を放ちながら回転を始めた。

 魔法陣が勇者たちを囲うと一層強い光が溢れ、中庭を包み込んだ。

 光が収まると、中庭に彼らの姿はなかった。




 ◇◇◇



「――……ここは」


 汐里は目を開けると、映像玉で見たような光景が目の前に広がった。

 魔獣の死体を見つけ、瞬時に思考を切り替えた。

 すると、背後から声がかけられた。


「あなた方……たしかレンさんの……」

「あなた、確かイバラさん……だったわね」

「はい。どうしてこちらに?」

「王宮でここの様子を見ていたわ。彼一人に戦わせているのがもどかしくて、私たちも加勢に来たの。王の命に背いてね」

「それは……なかなか大胆なことをなさって。ですが、少し遅かったかもしれません」

「それはどういう――」


 汐里がイバラの言葉の真意を訪ねようとしたとき、轟音が鳴り響いた。

 音の出所に視線を向けると、全員が目を見開き声を失った。

 ――――まるで地獄絵図だった。

 地面は炎の波に覆われ、至るところから数メートルに及ぶ火柱が打ち上がり、魔獣の姿は骨も残らず溶けて消えていった。

 その中心には無表情で煉が佇んでいた。

 その表情はいつの日か見たあの顔で、汐里は足が竦んだ。


(美香が言っていた……阿玖仁君の感情が無くなった時の……あんな顔をするなんて)


「レンさんがあの表情を浮かべたらしばらくは持ちます。魔力量が心配ですが、あの惨状の中に飛び込むのはオススメしません」

「……あなたも見ているだけでいいの……?」

「いいわけないです。でも、仕方ないんです。今の私では足手まといですから。いつか必ず……レンさんの隣に立ってみせますから」


 イバラの顔を見て、汐里は納得したような表情を浮かべた。

 その時、魔獣の群れの後方から雄叫びが上がり、大きな足が前にいる魔獣を踏みつけながら近づいてきた。

 ガレックの言っていた数十の地竜が煉の前に姿を現した。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る