第70話 大氾濫 

 それから数日、次第に魔獣の数は徐々に増加し、街中の冒険者や騎士たちが駆り出されることになった。

 誰よりも先頭でその討伐数を増やしていたのは、煉とイバラの二人だった。


「ふんっ! そういや、皇城で見た奴らは今何してんだ?」

「はっ! 確か……王が自身の周囲や重臣を守護するための護衛に充てられているとか。万が一に備えて、みたいですけど」

「万が一って、あいつらいれば俺たちももう少し戦線を維持できるはずなんだが。何考えてんだよ」

「伯爵が言うには、王は身が竦んで判断が鈍っていると。本来であればもっと王らしく振舞うことができるはずなのにって」


 煉とイバラは、冒険者たちの先頭に立ち、押し寄せる魔獣の群れに対抗していた。

 ミミールの森を抜け、見通しの良い平地にて戦線を張っていたのだが、あまりの数に戦い慣れていない冒険者や騎士が怯え、森の手前まで押し戻されてしまっていた。

 未だ戦線を維持できているのは、煉とイバラの奮戦あってのもの。

 そしてそんな状況であるにも関わらず、増援が派遣もなし。

 戦い続け十時間以上、その場にいる誰もが限界を迎えつつあった。


「せめてっ、数人でもいいから来てくれればいいんだけど、なっ!」

「そうですね……はぁはぁ……っ……さすがに魔力がもう……今魔獣の進行も止まっていますし、レンさんも少し休みましょう」」


 魔法で魔獣を倒し膝に手をついたイバラは、そう言って簡易キャンプに向かおうとした。

 しかし、煉は遠くの空を見上げ、一点を見つめたまま動かなかった。


「レンさん?」

「……いや、何でもない。確かに今しかないしな、少し休憩するか。ガレックに報告もしよう」


 煉は放出していた魔力を抑え、踵を返しイバラについていく。

 二人の顔からも激しい疲労が感じられた。




 ◇◇◇



 討伐隊のキャンプから数キロ以上離れた小さな山。

 山の麓では大量の魔獣が蠢いていた。

 その中には数十及ぶ地竜の姿も確認された。

 そしてその魔獣の頭上では、夜の空に一層輝く翼をはためかせた二柱の天使がいた。


「なぁラーフ、あいつだよな、今回の魔人てやつは」

「そのようですね。どうやらわたくしたちに気づいていたようですが」

「だよなぁ……ああ……いいなぁ……あたしも暴れてぇなぁ……」

「姉様、わたくしたちの役目を忘れてはなりません。此度は『神の試練』を与えたのです。天使が無暗やたらと姿を晒すものではありませんのよ」

「わかってるって。しっかし、これでいいのか? ミカエルの注文は魔人と他の人間たちを引き離してほしいってことだろ? これじゃ引き離すどころかむしろ」

「ええ、わかっていますわ。ですが――それが何か?」

「うわぁ……天使なのに悪い顔してんぞ、ラーフ」

「失礼ですわね。わたくしは協力すると言いましたが、ミカエルはやり方をこちらに委ねたのです。わたくしの好きにやらせてもらっても何も悪いことなどございません」

「つっても、結局何が狙いなんだ?」

「もちろん、魔人の抹殺には協力します。ですが、他の人間たちを巻き込まない必要はないかと。愚鈍で無価値で矮小な人間たち。能力に乏しく神によって与えられた命を無駄に浪費する愚かな存在。そのような方たちがいくら消えようが何も問題はありませんとも。むしろ、神に近き高位存在である熾天使自ら、彼らを淘汰するのです。感謝してほしいものですわね」

「はっはは。まあ言いたいことは分からないでもねぇ。今回はラーフに任せるよ」

「ありがとうございます、姉様」


 月明かりの下、怪しく笑う美しい天使の声が、魔獣蠢く夜空に響き渡った。






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