第65話 謝意

 伯爵との話し合いを終えた煉とイバラは、皇城勤めの侍女に案内され、城の出口に向かっていた。

 難しい顔をしたままのイバラが小声で煉に話しかけた。


「……良かったんですか?」

「正直めんどいし早く次の場所に向かいたい。だが、実際気になっているのも確かだしなぁ」


 煉の煮え切らない態度にため息を吐きながらも、イバラは納得した顔で頷いた。


「まあ、レンさんが決めたのなら私は何も言いません。伯爵様からは一切悪意を感じませんでしたしね。噂通りの人物で私は安心しました。本当……どうしたらあんな息子が出来上がるのか」

「そう言いたくなるのは分かるけどな、そこは俺たちには関係のないことだ。どうせ息子には合わないだろうし……いや、伯爵と関わってたらむしろ頻度は高く……?」

「えっ。嫌です。もう関わりたくないです」


 イバラは全力で首を横に振った。

 首が取れそうな勢いに煉は苦笑した。


「できるだけ合わないようにするか。面倒だし。まあ、伯爵に協力するのは確かだから。それだけは忘れないでくれ」

「わかっていますよ。報酬もレンさんに合わせてもらいましたからね」

「ああ。金はもちろんのこと、伯爵が向かった死界の情報と遺産の在処。これだけでも進展していると言える……ん? あれは」


 ふと、煉は通りかかった修練場に目を向けた。

 足音と微かな魔力を感じ、少し気になったようだ。

 そんな煉の様子を察し、案内していた侍女が足を止めて説明した。


「あちらの修練場では、本日の謁見で集められた実力者方が手合わせを行っております。中にはどなたとも話さずに帰られた方もいらっしゃるようですが、大抵の方はあそこでお互いの力量を肌で感じ取っているのでしょう。いかがされますか?」

「ふ~ん。イバラは興味あるか?」

「そうですね。興味がないわけではないですが、見る必要もないというか、むしろ私たちは陛下の依頼よりも伯爵の依頼を受けている立場です。彼らとは違う立場ではないかと」

「それもそうか。じゃあ――」

「阿玖仁君!!」


 煉の名前を呼ぶ大きな声が廊下に反響した。

 声のした方を見ると、そこには勇者たちを率いている神谷汐里がいた。

 長い黒髪をポニーテールにし、制服の上から簡易的な防具を身に着けた真面目そうな女の子。

 学級委員としての仕事を率先してこなし、生徒会でも書記として生徒たちからの信頼厚く、煉の記憶では美香と共に行動していたところをよく目にしていた。


「……何か用か?」

「あっ。え、えっと……あのね……」

「はっきり喋ってくれ。お前らに割く時間は用意してないんだ」

「っ! そう、よね……私、ずっとあなたに謝りたくて……ごめんなさい」

「それは何に対しての謝罪だ? 昨日のことか? それとも」

「昨日のことはそちらの方にもちゃんと謝らせてほしい。でも……あの時あなたを助けてあげられなかった……私は……何も、できなかったから……」

「――――必要ない。お前らに対しては特に何の感情も抱いてないし、全部勇者の暴走だってわかってる。俺にとってその謝罪は全くの無意味だ。無駄な事考えてないでお前らはこの世界で生き抜くことだけ考えてろよ」


 取り付く島もなく、煉ははっきりと言い切った。

 そしてイバラを一歩前に押し出した。

 押し出されたイバラと汐里は煉の行動が分からず戸惑った。


「イバラに謝るんだろ? 自分の言葉くらい守れよ」

「……そ、そうね。えっと……イバラさん?でいいのかしら。昨日はごめんなさい。私たちが勝手に勘違いして、剣を向けてしまって……」

「え、い、いえ、私は別に。何事もなかったですし、特に怒っているわけでは……」

「それでも、ごめんなさい」


 そう言って汐里は深く頭を下げた。

 イバラはどうしていいか分からず煉を見るが、何も言わない。

 自分でどうにかしろ、という煉の想いを理解したのか、少し逡巡した後汐里の顔を上げさせた。

 そして目を合わせ真っ直ぐに伝える。


「謝罪は受け取ります。もう気にしないでください。レンさんの元お仲間さん、でいいんですよね? むしろ私は感謝します。あなた方のおかげで私はレンさんと出会えました。事情も少しは伺っています。レンさんも気にしていないようなので、そんなに気に病まないでください」


 イバラはそう言うと、軽く一礼して煉の元に戻った。

 二人はそのまま城の出口に向かった。

 その背中を汐里は見送る……のではなく声をかけた。


「阿玖仁君! 美香の事なんだけど、あなたがいなくなってから美香も城を出たの。しばらくは美香の名前を聞くことが多かったのだけど、ある日を境にぱったりと聞かなくなってしまったわ。今は何処で何をしているか分からない。もし、美香に会うことがあったら、あなたのことをちゃんと伝えるから!」


 煉は振り向かずに、手を振りそれに応えた。

 汐里の想いはしっかりと煉に届いたのだった。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る