第64話 懇願

 別室に案内された煉たちの前には、エンキィ伯爵が難しい顔をして座っていた。


「……さて、何から話したものか」

「大した用事じゃないんなら、帰る。俺たちも行くところがあるからな」

「それは困る。こちらとしても君たちの協力が必要だ。全て話すことにしよう。まず――――私は君のことを知っている」

「まあ、知名度は上がってるみたいだから知っていてもおかしくは」

「そうではない。君の力とでも言った方が正しいか。大罪の継承者、『憤怒の魔人』」

「………………どうしてそれを知っている」


 煉が警戒する素振りを見せるが、伯爵は手を上げそれを制した。


「君のことを公表するつもりはないさ。私が独自に調べただけ。君のことを知っているのも私を除いては妻のみ」

「それを信じろと?」

「できれば信じてほしいね。調べると言っても詳細に書かれている文献は何処にもない。君たちの力は御伽噺のものと認識されている。私もある人に会わなければそう思っていたさ」

「ある人だと?」

「先代の魔人だよ。確か『怠惰』だったかな。彼はとてもおじゃべりでね、その力のことをよく話してくれた。君たち大罪の力を持った七人を『大罪魔法士』と呼ぶそうだ。世界の理を外れた力の内の一つ」

「一つってことは他にもあるのか」

「そう。龍族や精霊族、そして悪魔。それらに類する者たちの魔法はそう言われている。あまりお目にかかれるものではないから、本当か分からないが」

「それもその魔人に教えてもらったのか?」

「これは調べればわかることだよ。彼が教えてくれたのは大罪魔法の力だけだ。例えば君の『憤怒』。これは炎を意のままに操ることができる。そして感情の昂りによってその力はいくらでも膨れ上がる。……ただし、大きな力には代償が伴う。君もそれは身をもって理解しているだろう」


 そう言われ、煉はなぜ知っているのかと驚愕し、苦々しい表情で顔を逸らした。

 そこでイバラが口を挟んだ。


「……なぜレンさんがそうだとわかったのですか?」

「もちろん数か月前のあの大事件の時に確信したんだよ。今は誰も語らないが、当時は大騒ぎだったからね。なんせ――――

「で、でも、あれはレンさんがやったとは……」

「これでも伯爵でね、それくらいのことは簡単に調べられる。アグニ君の力の副作用だということもね」

「なるほどな。大罪魔法の知識があるから俺の力も理解できたわけだ。それで、伯爵は俺の協力が必要って何する気なんだ?」


 煉がそう聞くと、これまで楽しそうに話をしていた伯爵の顔が真剣なものに変わった。


「……君たちは、天使の噂について知っているかい?」

「天使って最近話題の……」

「そう。神の使いであり、神の命が下った時のみ地上に降りてくる。今回の噂は眉唾物だと思ったがどうやら本当らしい」

「天使についても詳しいのか。そんな話、どの文献にも書いてなかったぞ」

「これは私が命がけで集めた情報だ。君も探しているかの遺産だよ」

「っ!? あんたがなぜそれを!?」

「必要だったからだよ。大賢者の遺産……彼の書物にはあらゆる情報が書かれていた。天使や大罪魔法、それに神について」

「あんたは……全部読んだのか……?」

「……天使の話しか読めなかった。言葉通り、字が分からなくてね。それでも何とか天使については知ることができた」

「……その本は何処にある」

「私の手元にはないよ」


 伯爵の言葉に煉は落胆した。

 自分が思う以上に期待していたようだ。


「あんなもの……私の手元に置いていい代物ではない。私如きが持っていいものでは……」

「もういい。今は天使の話だろ」

「……そうだね。私はその天使を……捕らえたい」


 伯爵は神妙な顔でそう言った。

 なぜそうしたいのか分からず、二人は頭にはてなマークを浮かべた。


「大賢者曰く、天使とは神が地上の清らかな乙女を召し上げ、力を授けることで生まれるそうだ。選ばれるのは類まれな才の持ち主で、神の器たり得る少女だという。私にはあの愚息の他に娘が二人いた」

「おいおい……まさか……」


 煉は話の続きを察し声を上げた。

 それに頷き伯爵は話を続ける。


「娘たちは双子で、とても優秀な子だった。姉は武術の才をもち、人の上に立つ器として完璧だった。反対に妹は知に長け、大図書館の本を網羅していた。そして二人は……神に、連れ去られた……っ」


 伯爵の目からは涙が溢れていた。

 そして拳は血が滲み出るほど強く握られ、必死で何かをこらえる様子で言葉を紡いだ。


「突然現れた男がこう言った。


『あなたの二人の娘は神によって選ばれました。これより天使として召し上げられます。というか、もうすでに神の御許へ運ばせていただきましたが。喜ばしい事この上ないというのに、なぜか彼女らは抵抗なさりました。手荒なことはしたくなかったのですが、仕方ないのです。これも全て神の思し召し故。事後承諾ですがご理解ください。それでは~』


 ……私はっ! 私は……何もできなかった……だからこそ、娘のために私は全てを懸けた。いつか必ず救うとっ! 自分勝手な神とやらに反抗するために。だが、私では届かない。だから、君の力を貸してほしい、アグニ君!」


 地に頭を付け必死に懇願する伯爵。

 その姿に感銘を受けたイバラは人知れず涙を零していた。

 そして煉は少し考える仕草をした後、徐に口を開いた――。






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