第62話 戸惑いと指針
「――――くそっ! くそっ!!」
煉たちがいなくなった後、その場に留まっていた少年――フルリス・エンキィは苛立っていた。
そしてその傍らでは、フルリスの様子も目に入らないほど、勇者たちが動揺を隠せないでいた。
「……なぁ、あれ、本当に阿玖仁か?」
「ええ、間違いないわ。何度か話したことがあるからわかる。美香の側にいると必ず彼が近くにいたのよ」
「確かに、あいつ江瑠間とだけは仲良かったよな」
「だからこそ、天馬があんなことを考えたんだけどな……」
「そうね。ただの嫉妬であそこまでしてしまうのだから、私たちは彼の傍を離れて正解だった。……怜華も一緒に連れてきたかったのだけど」
「上野と竜司はもうダメだった。天馬の奴に心酔しちまってたから……」
そう言ってその場にいた勇者たちは、かの城に置いてきたクラスメイトに想いを馳せる。
煉が犯罪者として裁かれ、美香が一人旅立ってから彼らの関係は二分した。
綺羅阪天馬、神谷汐里、どちらに付くかで意見が割れた。
しかし、大半の生徒たちは天馬に付いた。そのため汐里側の生徒たちは城を飛び出し、一つのパーティーとして冒険者になった。
この場には四名しかいないが、別行動中の生徒が数人汐里と共に行動していた。
「……正直に答えてほしいのだけど」
「なんだよ、改まって」
「須藤君は……彼に勝てると思った?」
「………………勝てる、なんて口が裂けても言えない。俺のスキルで近づけたとしても、傷一つ付けられないと思う」
「……アサシン特有の不意打ちでもダメなのね。彼、一体何を経験したのかしら……」
汐里は変わり果てた煉の姿に戦慄する。
日本人らしい黒髪だったのが血のような深紅に。そして右半身に刻まれて炎の紋様。
自分では想像もつかないような経験をしたのだと推測した。
「あいつ、やっぱり怒ってるよな」
「それはどうかしら。私たちには興味ないって言っていたのよ。そんな感情すら持ち合わせてないのかもしれないわ」
「それはそれで寂しいな……」
「――――貴様ら、何をボケっとしている!」
フルリスの怒声が聞こえ、意識がそちらに向く。
「気分が悪い。屋敷に帰るぞ。……それに父上に報告もしなければならない」
「報告とは何を……?」
「奴についてだ。もし『炎魔』がこの街に現れたのなら父に報告しろ。そう言われている。なぜ、父上があんな野蛮人に興味を持ったかは知らんがな。しかし、父上の命令だ。無視するわけにはいかない。早急に帰るぞ。貴様らも仕事くらいしっかりしろ」
「……かしこまりました」
何かにこらえる様子で汐里は従った。
◇◇◇
ある宿の一室では煉とイバラが神妙な顔で向かいあっていた。
二人の顔は真剣そのもの。魔物と戦う時でさえここまで真剣になったことはないだろう。
「………………」
「………………」
「……チェックメイト」
「え、待った待った。今のなし。もっかい」
「レンさん……それもう五回目です。そろそろ諦めてくださいよ」
「なぜ……俺が教えたゲームなのに一回も勝てない……」
煉とイバラはチェスをしていた。
煉が旅の合間に自作した元の世界のチェスだ。
暇つぶしになるだろうと作り、宿や野営の時にイバラと二人で対戦していた。
戦績は煉の五十戦五十敗。
「レンさんは指揮官とか向いてないですね。何でも自分でどうにかしようとする傾向があります。誘いにも乗りやすいし、結構単純なんですよ」
「おかしい……美香とはもっといい勝負してたはずなのに」
(手加減されていただけでは)
イバラはそう思ったが我慢して口に出すことはなかった。
「レンさん、何かいい情報は集められたんですか?」
「神自体の情報はあんまりだな。だが、今後の目標は決まった」
「どうなさるんですか?」
「――『
「へぇ。そんなものが。初耳ですね」
「ああ、ある人物の書いた神話……というよりもあれは手記だな。それに書いてあった。かつて神に最も近い人間と呼ばれた大賢者は、その知識を悪用されないために死界へと封じたそうだ。そのうちの一つである『サタナエル・バレー』はもう攻略したからあと六つだな」
「私もついていきますよ」
「まだ何も言ってないだろ」
「どうせレンさんのことです。一人で行くから待ってろとか言おうとしてたのでは?」
「ギクッ」
「お断りですね。今はまだ頼りないかもしれませんけど、絶対にレンさんの足を引っ張るつもりはありません。まだ、私を救っていただいた恩も返せていないのです。強くなってみせます。覚悟していてくださいね」
そう言ってイバラは笑ってみせた。
その笑顔を見た煉は、小さく「……これは勝てねぇな」と呟いた。
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