第60話 トラブル

 ある程度調べものをして満足した煉は、イバラの元へと向かった。

 しかし、歩いていても一向に見つからない。

 大きな図書館というのも面倒なものだと、煉はため息を吐いた。

 そんなとき、大きな人だかりができていることに気が付いた。

 何をしているのだろうかと、近寄って見ると――。


「……何やってんだ、あいつは」


 その中心にいたのはイバラだった。

 どうやらイバラに突っかかってきた人物がいるみたいだ。

 煉はイバラと対面している人物に目を向けた。

 そこには受付で騒いでいた、貴族の少年だった。


「何をどうしたらそうなるのか……。すみません、これ何があったんだろうか?」


 煉は周囲でイバラたちを囲んでいた野次馬の一人に声をかけた。


「ん? ああ、これな。あの女の子もかわいそうなもんだよ。先に本を読んでいたのにあのお坊ちゃんがいちゃもんを付けてきたんだ。それでなぜかあの子もムキになっちまったもんだから、今ではこんな騒ぎさ」

「なるほど。ありがとう」

「いいってことよ。兄ちゃんもあのお坊ちゃんには気を付けな。エンキィ伯爵家の当主様は真っ当な方なんだけど、子供たちはその権力を笠に着てやりたい放題。変な言いがかりをつけてきて罰せられた平民が後を絶たないってな。俺たちからしたらいい迷惑さ。もし何かあっても無視してやればどっかに行くから、覚えておいた方がいいぞ」

「ああ、忠告どうも」


 満足したのか、野次馬のおじさんはその場を去った。

 そして煉は、そのまま周囲の野次馬に混ざって傍観することにした。


「自分で買った喧嘩だからな。それくらい自力でどうにかしてみろ。……というかあいつら一緒にいるなら止めろよ。何してんだまったく」


 煉はそう呟き、イバラに見えない位置で見守っていた。



 ◇◇◇



 どうしてこうなってしまったのでしょう。

 私はただ、魔法の勉強をしていただけなのに。


 ことの発端はあの少年が私にいちゃもんを付けてきたから、でしたね。

 完全な八つ当たりの言いがかりな上に理不尽。極めつけは会話にならないということです。

 私が何を言っても聞いてくれません。

 ずっと同じことの繰り返しです。

 レンさんにあまり目立つなと言った手前、私がこんなに目立ってしまっては意味がないというのに。

 だいぶ人だかりが大きくなってきました。


「――おい! 聞いているのか! 下等な平民風情が僕に楯突きやがって。貴様は黙って僕の言うことを聞いていればいいんだ!」

「どうして私があなたの言葉に従わなくてはいけないのでしょうか。私は冒険者です。この国の人間ではない。ましてやこの国の人間だとしてもあなたの言葉に従う必要はありませんよね」

「冒険者だと? なんと野蛮な。お前みたいな人間が僕に歯向かうなど許されないことだ。膝をつき謝罪しろ!」

「おっしゃっている意味が分かりません。どうして私があなたに謝罪しなくてはならないのですか? 伯爵家の嫡男だかなんだか知りませんが、偉いのはご当主でしょう。あなたではありません。態度を改めるべきでは?」


 私がそう言うと、周囲の人たちがクスクスと笑いました。

 やはり、この少年は嫌われているみたいですね。

 彼を見てわかりました。

 というか、私はもう貴族とは関わりたくないというのに、どうしてあちらから近寄ってくるのでしょうか。

 後ろの常識人らしき方々は何をなさっているのですか?

 黙っていないで少年を止めてくださいよ。


「……や、やっぱり止めた方が」

「私たちにできることはないわ。依頼主の命令は絶対。あの方が好きにさせろと言うからには私たちは若様の行動を律することができない。我慢して」

「で、でもっ」


 何とも頭の固い人ですね。

 好きにさせるってそういうことではないと思うのですが。


「バカにしおって!!」

「あっ」


 少年が掴みかかってきたことで、私の被っていたフードが取れてしまいました。

 私の紫紺の瞳と額の角が露わになってしまった。

 周囲から息をのむような雰囲気が伝わってきました。


「ひっ! き、貴様っ、その角、人間じゃない、のか!?」

「……私は鬼族です。それが何か?」

「鬼族ってなんだ! どうして神聖な大図書館で本を」

「別にそんな規則ありませんよね。獣人の方だっているのに」

「鬼族なんて聞いたことないぞ! ま、魔族だ……」


 少年のその言葉に助長するかのように、周囲からも魔族という声が上がってきました。

 少年の背後に控えていた方たちが武器を構え、私たちの間に入ってきました。


「ま、魔族がいるなんて聞いてないぞ!」

「うるさい! 集中しなさい。魔族との戦闘は初めてじゃないでしょ」

「こ、こんなところで戦っていいのかよ」

「仕方ないでしょ。やるしかないのよ」


 どうして。

 私は魔族じゃないのに。

 目の前の人たちも、周囲の野次馬たちも、皆同じように恐怖と侮蔑の入り混じった目で私を見る。

 やめて、そんな目で私を見ないで。

 彼らは今にも私に攻撃を仕掛けようとしています。

 わけが分からず私はその場でただ立ち竦んでいました。

 ――私の頭に脱げたフードがかかり、大きな手が頭に乗せられました。


「――――はい、そこまで」


 聞きなれた、安心する声が私の耳に届きました。





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