第56話 炎魔

「どうしたんですか、レンさん? もうすぐ目的地ですけど、何か気がかりなことでも?」


 とある街の食堂。

 煉とイバラは旅の休憩で立ち寄った街に数日滞在していた。

 海洋都市を出てから、かれこれ半年が経っていた。

 その半年間で痩せこけていたイバラも健康的になり、今では煉のサポートとして共に冒険社として活動している。

 煉はAランク、イバラはCランクまでランクを上げていた。

 煉に至っては『炎魔』という二つ名で有名になっている。

 奇しくもサタンと同じような異名を呼ばれるようになり、面映ゆい思いを感じていた。


「ちょっと噂のことが気になってな」

「噂って言うとあれですか? 昼だか夜だかに天使が出るっていう」

「そう。しかも、噂の大体は俺たちの目的地付近で広まっているらしい。だから少し気になってな」

「確かに……天使なんてレンさんの目的と関わってきますものね。どうなさるんですか?」

「まあ、どうもしないかな。もし俺の前に天使が現れたら、その時は何か考えるさ」


 そう言って煉はテーブルに広がっていた料理を平らげた。


「……いつも思いますけど、レンさん少し食べすぎじゃないですか? ここのお料理結構なお値段しますよ」

「いや、魔人になってから結構燃費悪いみたいでな。魔法使うたびに腹が減るんだよ。魔力と一緒にそういうエネルギーも消費してるのかもしれないな。――――あっ、お姉さん。コーヒーと何か甘いモノちょうだい!」

「はーい!」


 追加でデザートを頼む煉を、イバラは呆れた様子で見ていた。

 煉の冒険者としての稼ぎの大半は食費に回される。

 かなりの額を稼いでいるはずだが、その分出費も多い。


「本当に大丈夫なんですか? 戦闘中に空腹で力が出ない、とかやめてくださいね」

「それは心配ない。アイテムボックスに食料貯めこんでるから。もしそうなったら戦闘中に食べる」

「……余計に心配なんですけど」


 イバラにジト目を向けられ、バツが悪そうな煉。

 そんな空気を壊すかのように、ウェイトレスがコーヒーと大きなパフェを運んできた。

 それと同時に柄の悪そうな男たちが店に入ってきた。

 装備などを見る限りその男たちは冒険者のようだった。

 煉はそんなこと気にせず運ばれたパフェに手を付け、イバラは息をひそめできる限り気配を消した。


「おいおい、何だよ。席空いてねぇじゃねぇか。どうなってんだよ、おい」

「すみません。ただいま満席で……」

「よお、姉ちゃんよ。俺たちゃ腹が空いて仕方ねぇんだ。どうにかしてくれるよなぁ?」

「えっと……そういうのはちょっと……困ります……」

「ああ!? なんだって!? 聞こえねぇなぁ!!」

「ひっ!」


 怒鳴られたウェイトレスは竦みあがり、尻もちをついた。

 そのウェイトレスを囲むように男たちは広がった。

 周囲の客や店員たちも誰もが怯え、助けようとするものはいなかった。


(……レンさん、できるだけ目立たないようにしましょう。変に絡まれるのは面倒です……ってレンさん?)


 パフェとスプーンを手に持った煉は静かに立ち上がり、騒動の元へと向かった。

 その様子にイバラはため息を吐いた。


「……はぁ。もう、レンさんてば、目立ちたくないって言ってたのに、こういうのは放っておけないんだから……」


 イバラは呆れたように呟き、諦めて事の成り行きを見守ることにした。

 他の客は煉が男たちに向かっていくのを、非難するような目で見ていた。


「俺が誰だかわかってんのか? この街で一番の冒険者、Bランクのアンテーウマ様だぞ。俺に口答えするとはいい度胸だな、姉ちゃんよ」

「ご、ごめんなさいっ。許してください……っ」

「アンテーウマ様に楯突いたんだ。ただで済むと思うなよ。アンテーウマ様、この女どうしますか?」

「当然、いじめ抜いてやるに決まってるだろう。夜が楽しみだなぁ。お前ら、連れてこい」

「「「へいっ!」」」


 嫌がるウェイトレスを掴もうとした取り巻きの手は、突然現れた煉によって阻まれた。


「――――おい、お前ら」

「なんだ、てめぇ! 俺たちの邪魔するってのか――――ぶべらっ!?」

「あ?」


 煉に殴りかかった男は、煉の蹴りを顔面に食らい、そのまま店の外まで吹き飛ばされた。

 突然取り巻きの一人が自分を追い越して外まで吹き飛んだのを見て、店を出ようとしたアンテーウマは振り返った。

 そして見たのは、取り巻きたちが全員倒され煉によって足で店の外に飛ばされる光景だった。


「……この街にまだ、アンテーウマ様に楯突くバカがいるとはな。後悔するなよ!」


 アンテーウマは背負っていた大剣を構え、煉に肉薄した。

 しかし……。


「なっ!?」

「こんな店の中で物騒なモン振り回してんじゃねぇよ。それに……俺が気分よくパフェ食ってんのも邪魔してくれやがって。後悔すんのはテメェの方だ」


 アンテーウマの大剣は煉の持っていたスプーンによって止められた。

 そして、スプーンの触れている部分から少しずつ溶けてなくなっていった。



「お、俺様の大剣がっ!? てめぇ何者――っ!」


 煉の被っていたフードが、大剣を振り下ろした風圧で脱げてしまっていた。

 隠していた深紅の髪が露わになり、煉の顔を見たアンテーウマは怯えた様子でじりじりと後退していた。


「お、お前…………『炎魔』……か……」

「これ以上俺の気分を害すな。とっとと失せろ」

「ひっ!? ふ、服がっ!?」


 煉の魔法によって、アンテーウマの着ていた鎧や服は下着を残して焼失した。

 そのまま下着姿で恥ずかしそうに隠しながら、アンテーウマは走り去って行った。

 満足した煉はその場で一口食べ、そのまま席に戻ってパフェの続きを食べようとしたが……。


「ありがとうございました! ありがとうございました!」

「ああ、いや、気にしなくていいから」

「はぁ……やっぱり。噂通りのお方。炎魔様……素敵」

「『炎魔』のレンさんですよね!? 会えて光栄ですっ! 自分、あなたに憧れて冒険者になったんです! ぜひ、お話を!」

「わ、私も!」

「僕も僕も!」


 煉は店にいた客に囲まれてしまった。

 若い新人冒険者は煉に憧れの視線を向け、女性たちは顔を赤くして煉を見つめていた。

 どうすることも出来ず、煉は苦笑するしかなかった

 そんな煉を、イバラはむすっとした目で睨みつけていた。






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