天使襲来編

第55話 噂

 ――――???


 そこは何もない真っ白な空間。

 神秘的で幻想的な場所。

 誰の姿形もないはずなのに、声だけが響き渡る。


「――またしても人間が面白いことを始めたそうだ」

「知っているとも。彼らは実に愉快な生き物だな」

「こうして眺めているだけで退屈しない。素晴らしいではないか」


 誰もいないのに、会話だけが聞こえる。

 落ち着いた声で、笑っているはずなのに感情を感じられない声。

 どこか機械めいた、そんな声だった。


「神を地上に召喚するなど、滑稽でしかない。実に、実に愚か」

「神が人に姿を見せるなどと思っているのだろう。まったく、いじらしいではないか。わたしは嫌いではないよ」

「ワタシも嫌いではないとも。だが、人と神には絶対的な境界が存在する。分を弁えてほしいものだ。そうは思わないかね?」

「……………………そんなこと、どうでもいい。あいつの力……忌々しいあの力っ。なぜ奴のがまたっ!!」

「確かにあれは、どこか懐かしさを覚えたよ」

「忘れるはずもねぇ。俺の半身を焼いたあの炎を、俺が忘れるわけねぇだろうがっ!!!」

「そう荒ぶるでない。所詮は矮小な人である。我らが気に掛ける必要もあるまい」

「いいや、ダメだ。あれだけは放置できない。あの炎を見過ごすことは、俺にではできない」

「ならば、使いを遣ろう。――――


「――はっ」


 何もなかった白い空間に空のような蒼い髪の長槍を持った美女が現れた。

 その美女の背中には白い翼が生えていた。

 その姿はまるで――。


「命を下す。件の人――レン・アグニを始末せよ。方法は君に任せよう。できるね?」

「容易いことでございます、主よ」

「いい返事だ。では、お行きなさい」


 その言葉と共にミカと呼ばれた美女は消えた。


「また新しい使いか」

「この前拾ったんだ。なかなか悪くないだろう。これまでのがオモチャのように感じるくらい有能なんだ」

「……返り討ちに遭わなければいいがな」

「心配することはない。彼女なら、大丈夫さ」


 後には、愉快な笑い声だけが響いた。




 ◇◇◇



 ――――とある街の冒険者ギルド内。


 酒場も兼ねているギルドでは、夜になると多くの冒険者が酒を酌み交わしていた。

 その日もギルド内は依頼帰りの冒険者で賑わっていた。

 隅の方の席では黒いローブで全身を隠している二人組が、冒険者たちの話に聞き耳を立てていた。


「おいおい、聞いたか? まぁた『』が大活躍だったってよ!」

「今回はなんだったっけ?」

「村の周辺に出現したワイバーンの群れの討伐だそうだ。かなりの数がいたみたいだぜ」

「村人の話では全部綺麗に首を切断。魔石以外の素材は被害に遭った村に寄付したらしい」

「そんなの大損じゃねぇか! 聖人君主のつもりかねぇ」

「大活躍のAランク冒険者様からしたら、ワイバーンなんて端金なんだろうよ」

「いいなぁ。俺も言ってみてぇなぁ、それ」

「お前にゃ一生かかっても無理だろうよ」

「あんだと!?」


 豪快な笑い声が響く中、聞き耳を立てていた一人はしかめっ面を浮かべていた。


「……大人気ですね」

「……正直うんざりしてる。安易に顔を晒せなくなってるし、最近は新米たちが絡んでくるし」

「人気者ですもの。仕方ありません。新米冒険者たちからしたらお話しできただけでも嬉しい事なんですよ」

「だとしても多すぎるだろ。どこ行ってもそれじゃ面倒だ」


 困った様子でそう言う男を見て、相方の少女は優し気に微笑んでいた。

 その少女を見て、男もバツの悪そうな顔をする。


「――――本当なんだって! 俺は見たんだよ!!」

「わかったから、落ち着けよ。絶対に見間違いだから」

「わかってねぇじゃねぇか! もう一回話してやるからよく聞けよ!」

「だからもういいって!」

「――――あれは絶対に使だった! ! あれはまさしく使だから!!」

「そんなのいるわけねぇだろ。どうせ魔法かなにかで空飛んでただけだ。相当な魔法の使い手なら余裕でできる芸当らしいぞ。あの『炎魔』も翼を生やせるって話だ」

「それは炎でできたやつだろ! そんなのみんな知ってるから! 本当に綺麗な白い翼だったんだって!!」


 そんな話を聞いていた黒ローブの二人組――煉とイバラはギルドを神妙な顔を浮かべギルドを後にした。

 その後、様々な街でこんな噂が囁かれ始めた。



 燦燦と輝く昼の空、もしくは怪しく光る月夜の晩、蒼髪の使が舞い降りる――――。







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