第51話 呆気ない決着

「き、貴様! 私の部下はどうした!?」

「あいつらなら、軽く片付けてきた」

「なっ――!?」


 自慢の部下たちが相手にならなかったことに驚愕する。

 自分の手で育てた部下がこんな簡単にやられるとは思っていなかったのだ。


「安心しろよ。ちゃんと生かしてギルドマスターにぶん投げておいたから。今頃拘束されて尋問でもされているんじゃねぇか」

「そんな心配はしておらん。貴様のような小僧にそんな力があるとは思えんだけだ」

「じゃあ、試してみるか? いつまでも逃げ回ってないでかかってこいよ」


 煉が挑発するようにそう言うと、侯爵も側近の男も表情を一変させた。

 逃げに徹しているが、本来は将軍として名を馳せた歴戦の猛者である。

 煉よりも経験は豊富であるが、煉の圧倒的な魔法を見たせいか及び腰になっている。


「閣下、このままでは逃げ切ることはできません。この少年を始末してから参りましょう」

「最初からこうしておけばよかったのだ。所詮、火を吐く魔物と大差ない。違うか?」

「ええ、その通りです。我らにとって小物も同然です」

「酷い言い様だな。やる気満々なのはいいが、いいのか? 腰、引けてるぞ?」

「バカを言うな。貴様ごときに何を怯えることがある! 私は海洋都市リヴァイアの領主にしてネピュトゥナス神王国軍将軍、ニクセス・ドナウリア侯爵である! 我が前に立ちはだかる全てを蹴散らしてきた! 今ここに軍はないが、貴様を殺すのに譜我ら二人で十分! 貴様のような生意気なガキはここで、死ねぇぇぇぇぇ!!」


 そう叫び、腰の剣を構えて侯爵は煉へと突撃した。

 側近の男はそれに続かず、後方で魔力を溜め何かの準備を始めた。

 対する煉は特に構えることなく、迫ってくる侯爵をただ眺めていた。


(馬鹿め。そのような無防備な状態で何ができる。所詮は子供。もらった!!)


 侯爵は高速の突きを放った。

 煉はそれを紙一重で躱す。

 さらに横に一閃、振り上げ振り下ろし、突き、何度繰り返しても煉に当たることはなかった。

 まるで風に舞う紙のようにひらりと躱している。


「くそっ。なぜだっ、なぜ当たらん……っ」

「花宮心明流舞闘術〈流落紙舞〉」

「何をっ、言っている……っ……」

「ひらひらと舞い落ちる紙を斬ることは余程の達人でなければ困難。ただ揺蕩う、それだけで凡人の刀は躱すことができる。つまりはそう言うことさ」

「そんな、バカな話があるかっ!」


 しかし、実際に侯爵の剣が煉の体を掠めることは一度もなかった。

 その上刀を振り続けた侯爵の体力に限界が訪れていた。


「なんだ、あんたも大したことないな。これならよっぽどうちの師範の方が強いぞ」

「ふ、ざ、けるなぁぁぁぁ!!」


 怒りが頂点に達した侯爵は剣を真上に振り上げた。

 煉は大振りで隙だらけの侯爵を見逃すことはなかった。

 顎に一撃。煉の回し蹴りが直撃した。


「がっ!!!」


 何が起きたか理解できていない侯爵は、仰向けに倒れこんだ。

 脳を揺らされ、意識が朦朧とするが体は起き上がることに必死だった。


「しばらくは立てないさ。そこで大人しく寝てろ」


 煉は倒れている侯爵を放置し、先ほどから高密度の魔力を集めている男に視線を向けた。


「あんたの主はもう終わったが、まだやるか? 主を放って何をしているか知らんが」

「少年が強いことは理解した。しかし、僕にもやるべきことがあってね。こんなところでやられるわけにはいかないんだ。多少無理をしてでも君はここでっ!!」


 男がそう言うと、煉と男の間に大きな魔法陣が描かれた。


「これは?」

「召喚陣だよ。神を呼ぶには小さいが、強力な魔獣を呼ぶには十分だ」

「へぇ。で? 何が出るんだ?」

「それは僕にも分からないな。だが、君を倒すことのできる強力な魔獣だよ」


 煉としては待ってやる必要はないのだが、興味があったので少し待ってみることにした。

 そして、徐々にシルエットが浮かびあがり、召喚が完了すると……。


「え~と……これは……」

「はぁ……はぁ……どうだい……? こいつは、エンペラーベアっていう、ある禁忌地帯にしか生息しない魔獣だ。君にこれを倒すことが――」

「〈爆炎拳イラプシオン〉」


 ボンッ! という音と共にエンペラーベアの中心に穴ができた。


「――――は?」


 ポカーンと口を開けて呆然と見ていた男は、声も出なかった。

 煉はその隙に近づき、鳩尾に一発叩き込んで男を気絶させた。


「…………こいつはもう通った道だ。今さら出てきても何も怖くない。って、聞いちゃいないか」


呆気ない幕引きに煉はどこか物足りなさを感じていた。

一国の将軍が大して相手にならなかったのも、煉が地獄を経験していたからに他ならない。


「――――ふむふむ、かの谷の魔獣でも相手にならんとは。お主、意外と強いのだな! うむ、よいぞよいぞ」


 その時、煉の耳に聞き覚えのある少女の声が届いた。





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