第50話 煉とギルドマスター

「……なんだ、こんなもんか。案外呆気なかったな」


 煉はつまらなそうにそうつぶやいた。

 その煉の周囲には、侯爵を逃がす時間稼ぎとして残った部下たちが倒れ伏していた。


「き、貴様……我らを相手に一人で……しかも、手を抜いていたな……?」

「そりゃ全力でやる必要もないだろう。本当に殺す気はなかったし、ギルドに突き出した方がよっぽど有益だからな」

「だからと言って……将軍直属の部下である我々が………………貴様、一体何者だ?」


 魔術師の男がそう訊ねた。

 問いたくなるのも無理はない。煉の魔法はこれまでに見たことがなかった。

 対処法も知らない上に、結界魔法で防ぐこともできない。

 彼らには煉の魔法を防御する手段がなかった。


 そして、剣も魔法も燃やされ、召喚獣は拳一発で風穴を空けられ、体術も煉に後れを取る。

 将軍の信を得たというプライドは脆く崩れ去ったのだ。

 あとに残ったのは煉に対する畏怖のみ。


「何者って……ただの冒険者さ。まあ――――――地獄の底を見てきた、な」

「なんだ……それは……」


 そうして魔術師の男は意識を失くした。

 侯爵邸で立っているのは煉だけだった。

 そこへ近づいてくる足音を煉は聞き取った。


「冒険者か? それにしては早いな」


 煉はフードを目深に被り、顔を隠した。

 あえて正体を隠すつもりでいる。

 しかし、煉の深紅の髪と右半身の紋様は目立つ。

 ずっと隠し通すのは難しいだろうと、煉は思っていた。


「なんじゃこりゃ!!!」

「うわ、全員やられているぞ!」

「どうやら息はあるみたいだが……」


 到着した冒険者たちは口々にそう呟く。

 煉の予想していた以上にかなりの数の冒険者が来た。


「あそこに誰かいるぞ!!」


 その声によって彼らの視線は煉に集中した。


「誰だあいつ?」

「この街にあんなのいたか?」

「ってか腕。刺青……ではなさそうだけど」


 訝しみ値踏みするような視線に、煉も居心地が悪く感じた。

 そんなとき、冒険者たちを割って大柄な男が煉の前に立った。


「……お前か? これをやったのは」

「そうだけど、何か問題でも?」

「冒険者だろう? 勝手な行動は慎んでもらおうか」

「悪いがこっちにも事情があってね。これから侯爵を追いかけるんだ。放っておいてくれ」

「そうもいかん。ギルドマスターとしてお前のようなものを放置できんのだ。なんせ………………侯爵の屋敷を崩壊させられるような奴は特にな」


 一触即発の雰囲気に冒険者たちは固唾を飲んだ。

 煉はギルドマスターという想定外に驚愕し、どうにかして誤魔化すことができないかを考えていた。

 そして……。


「そうだ。こいつらやるよ。侯爵と共謀してたやつらだ。計画についても知っているはず。必要だろ?」


 そう言って煉は倒れていた侯爵の部下たちを全てギルドマスターに投げつけた。

 咄嗟に数人投げ渡されたギルドマスターに一瞬の隙ができた。

 その瞬間、煉は足に炎を集めてジェットの要領で空を飛んだ。

 カモフラージュとして背中に炎の翼を生やすおまけ付き。


「あ、おい! 逃がさんぞ!?」

「そういうことで急いでいるから、じゃっ!」


 それだけ言い残して煉は飛び去って行った。

 さすがに空を飛ばれてしまえば誰も追いかけることはできなかった。

 その煉の姿を


「……………………………………レンさん?」


 たまたま紛れ込んでいたアリシアに見られていた。




 ◇◇◇




 煉が侯爵邸で暴れていた頃、リヴァイア近郊の森の中では侯爵と側近が馬に跨り、ある場所を目指していた。

 そこには、侯爵に降霊魔法のことを教え、神について説いた人物がいる。


「くそっ…………やり直すことになるとは………っ」

「閣下、もう少しでの下へ到着します。また最初から始めましょう」

「こちらの手札は全て失ったも同然なのだぞ! やり方を変えねばならん! そのためには奴にも協力してもらわねばっ!」


 そうして馬を走らせ、森の切れ目に差し掛かったところ。

 森を抜けようとした瞬間、空から人が降ってきた。


「――よぉ、侯爵。もう逃がさねぇぞ」


 不敵な笑みを浮かべ、煉は侯爵の道に立ちはだかった。





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