第48話 急襲
あれから三日経っても侯爵は荒れていた。
執務を放り出し、自室でずっとワインを飲んでは使用人に当たり散らす。
今までにはない様子に、侯爵家で働く使用人たちも戸惑っていた。
「くそっ! くそっ!! あそこで邪魔さえ入らなければ! なぜSSランク冒険者が出張ってくるのだっ!!」
「――失礼いたします」
侯爵に部屋に一人の男が入ってきた。
側近の一人だった。
「私は入室の許可を出した覚えはないが?」
「ノックは致しました。それより、ようやく準備が整いました」
「ほう。予定より早いではないか。無理をしたな?」
「はっ。おそらくギルドを通じて国へ報告が入ったと思われます。それを考慮するとあまり時間がないかと。致し方なく魔力路を消費しました。申し訳ございません」
「構わん。所詮は兵器の一つに過ぎない。使えるときに使うのがよい。私の計画はまだ終わっていない。次こそは必ず」
「この機を逃してはなりません。急ぎましょう」
侯爵は側近を連れ、他の誰も知らない屋敷の地下深くに作った小さな部屋に向かった。
一部の使用人は険しい侯爵の表情から何かを察し、急いで屋敷を抜け出した。
向かったのは冒険者ギルド。古参の使用人ほど、侯爵が何かをしようとしていることを理解していた。
彼らはつい最近起きた変事も侯爵の仕業であると勘づいていた。
そして、長年イバラを虐げていた侯爵を見ていることしかできなかった罪悪感が彼らを動かした。
◇◇◇
地下室にはもう一人の側近と信頼している部下だけがいた。
部屋の中央には大きな魔法陣が赤い光を放っていた。
「何人使用した?」
「三十です。必要最低限かつ最速で準備できる数しか使用できませんでした」
「よい。よく間に合わせた。これより実行する。よいな?」
「ええ、覚悟はとうに」
「我らが神の御力で世界を変革いたしましょう」
「そうだ。これは愚かな世界の変革である。誰に邪魔される謂れもない」
しかし、侯爵の心中では不安が残っていた。
神の力を制御するための器――イバラがその場にいない。
そのまま神を御せるなど思ってもいないが、それならそれでいいかと考えていた。
侯爵は意思を固め、魔法を発動した。
魔法陣が強い光を放ち始め、その場にいる全員が固唾を飲んで見守った。
ただ神が降臨されることを祈って。
「……………………騒がしいな」
「上で何かあったのでしょうか……」
「ここは屋敷より地下数メートルはあるのだぞ。いくら騒がしくてもここまで音が届くとは」
その時、その場にいた魔術師が魔法陣とは別の魔力を感知した。
「下から何かが上がってきます!」
「下だと? 何を馬鹿な。こんな地中に何がいるというのだ」
「わかりません! しかし、強い魔力反応です! おそらく何らかの魔法が行使され――――話している場合ではありません!! 急がねば! 結界を張ってこの場を離れます! 皆さん手を」
「何を言う! 今まさに神降ろしの儀式中であるぞ! それを置いて逃げるわけにはいかぬ!」
「我々が命を落としては計画は成功しません! どうかご英断を!!」
「く……っ」
悔し気に顔を歪め、侯爵は魔術師の手を取った。
同じように他の者もそれぞれ手を繋いだ。
「五重結界を張りました。おそらくこれで魔法陣は守られるでしょう。我々は一度地上に跳びます」
そして、魔術師が「転移」と口にすると、足元に魔法陣が出現し、全員を光で包み込んだ。
地下室から一気に侯爵邸の庭へと転移し、侯爵は驚愕に目を見開いた。
綺麗に整えられた庭は荒れ果て、そこら中に私兵が倒れ伏していた。
その中心にはある少年が立っていた。
「――――わざわざそっちから来てくれるなんて嬉しいな、侯爵」
「貴様はっ――――――――!?」
口にしようとした瞬間、背後で大きな音が響いた。
振り返ると、屋敷のいたるところから極大の火柱が上がっていた。
何もかもを燃やし破壊し尽くすその炎を見て、侯爵は不覚にも恐怖を感じた。
「安心しろよ。非戦闘員は既に屋敷の外にいる。今頃はギルドに押しかけているところだろう」
「おのれぇ……貴様っ! またしても私の邪魔をするつもりか!!?」
「……何度だって邪魔してやるさ。言ったろ? お前を許さないって。お前はこの手で――――ぶっ飛ばす!!!」
右手に炎を纏わせ、真黒のロングコートをはためかせた少年――――煉は派手な開戦の狼煙を上げた。
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