第45話 最強現る

 荒れていた空は一変して穏やかになり、綺麗な月が顔を出した。

 そして津波は切断され海の一部に戻り、怪物は蓄えた魔力を空に放出し光となって消滅した。

 信じられないと思うが、これが一瞬の出来事だった。

 その場にいた誰もが唖然としている。

 特に侯爵が茫然自失状態で海を見つめていた。


「そんな……我らが神が……消えた……一体何が……どうして……」

「――――なんだぁ? 神気を感じてきてみれば、パチモンかよ。歯ごたえなさ過ぎて拍子抜けだぞ」


 俺と侯爵の間に一人の男が降り立った。

 あれは――――。


「お? そっちの坊主、前に見たことあるなぁ。おれぁあまり人の顔を覚えるのは得意じゃないんだが、お前さんは覚えてるぞ。奇妙な感覚だったからなぁ」

「……ギルドの前でぶつかったおっさんか」

「おっさんて。これでもまだ四十五だ。おっさんと呼ぶには早いだろうよ」

「四十五じゃおっさんだろ! ていうか、四十五!? 嘘だろ、三十代にしか見えねぇぞ! 年齢詐称もほどほどにしろ!」

「だーれも嘘なんかついちゃいないさ。まあ、確かに? よく店の姉ちゃんとかに若いですねとか言われるけどな」


 言動はただのおっさんじゃないか。

 本当にこいつだったのか? 同門? 明らかに日本人ではないが、何なんだ?

 侯爵は怨嗟の声を漏らし、元凶のおっさんに向けて剣を構えた。

 おそらく部下のを拝借したのだろう。


「……貴様が、貴様が我が神を……! 許さん………絶対に許さんぞっ!」

「お? なんだぁ、やる気か? やめとけよ。お前如きじゃ俺には届かん」

「舐めるなぁ!!」


 侯爵がおっさんに斬りかかる。

 さすがに将軍というだけある。力、速さ、型、全てが一級品ではある。

 しかし……。


「だからやめとけって。そんな棒切れで俺に敵うわけないだろう」

「くそっ! なぜだ!? なぜ当たらないっ!?」


 おっさんは全て躱していた。しかも、その場から動くことなく。

 肩にかけている羽織も落ちず、かすりもしない。

 あのおっさんも化け物だな。

 その時侯爵の後方にいる側近の二人が何かを呟いた。


「あの奇妙な文字……それに見慣れない服に武器……翡翠の交じった黒髪と瞳……もしや!」

「い、いけません侯爵様! この場は一旦立て直しましょう!」

「何をする貴様ら! 離せっ! 私は奴を」

「あの男だけはまずいです。奴は……」

「ああ、いいさ。名乗りは自分であげるさ。おれぁ、SS。名をゲンシロウという。お前さんらには『』と言った方がいいかい?」


 SSランク冒険者!? このおっさんが!?

 世界に五人しかいないって言うあの?

 そんな人間がこんな近くにいるなんて……。


「SSランクだと……? だから何だというのだ!! 我が計画を台無しにした貴様には、死をもって償ってもらわねばなるまい!!」

「やれるもんならやればいいさ。おれぁ、返り討ちにするだけのこと。目的を達するまで死ぬわけにはいかないもんでね。今日果たせると思ったんだが、期待外れだ。神様呼ぶって言うならもっとましなの呼んでくれや」

「きっ、貴様ぁ! 我らが神を愚弄するかっ!!」

「俺には関係ない話さ。帰るって言うなら見逃してやるよ。無駄な殺生はしない主義なんだ」


 そう言ってゲンシロウはひらひらと手を振った。

 その態度がさらに侯爵を煽っているのだが、側近の二人が抑え込んでいる。


「ダメです侯爵様。この場はどうか心をお鎮めに」

「SSランクは災害同然。今のままでは勝ち目はないかと」

「まだこちらにはが残っております。計画が破綻したわけではありますまい」

「………………くっ!」


 悔し気に顔を歪めて、ゲンシロウを睨んだ。

 そして踵を返しその場から去って行った。


「――――離せっ! なんで止めんだよ!?」

「今のお前さんじゃダメだな。少しは落ち着けって。それにほら、そっちの嬢ちゃんを放っておくわけにいかんだろ」

「そうだが、でも!」

「――――そうだね。まずあんたは冷静になった方がいいね」

「っ!? クレニユ………どうしてここに……?」


 Sランク冒険者であるクレニユまでこの場に来ていた。


「そりゃ、あんな不快な魔力を感じたら来ないわけにはいかないさ。それよりこの嬢ちゃんを何とかしないといけないだろう? ついてきな。あたしの家で面倒見てやるよ」


 そう言ってクレニユはイバラを担いで歩き出した。

 まだ納得いかないが、イバラを放置することはできない。

 渋々クレニユの後をついていった。


「――そうそう。あんたも来なっ! あたしが打った刀大事にしてるか見てやるから」

「はぁ? ったく、仕方ねぇな」


 俺たちの後ろをため息を吐いたゲンシロウが付いて歩く。

 ゲンシロウもクレニユの家に来ることになった。







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