第44話 事態はあっさりと
「……おい、本気であれが神だとでも言うのか」
掠れた声でつぶやく。思った以上に憔悴していたみたいだ。
イバラは未だに苦しそうに蹲っている。
兵士たちの声は聞こえなくなった。おそらくほとんどが死んだのだろう。
「もちろんだ! 感じないかね? この神々しい神気を! あぁ………我らが神よ。今こそ世界に変革を!!」
恍惚な表情で高らかに笑い声をあげる侯爵。
こいつはもうどうにもならない。野放しにしてはいけない狂信者だ。
だが、こいつよりも先にすることがある。
あの怪物と津波をどうにかしないといけない。
かなり遠くの沖合なのに、目算でもう十メートルは越えている。
このままいくと波に街が呑みこまれてしまう。
「そんなこと………させるわけにはいかない」
「ほう。もしや神に抗うとでも? バカなことはやめたまえ。矮小な人間が崇高な神の前に立つこともおこがましいというのに。なんて愚かなんだ」
「黙れ。てめぇは後だ。絶対に許さない。あの怪物を燃やしたら次はお前だ」
「ははっ、はははっ、はぁーっはっはっはっ!!!! 面白いことを言うではないか。ここまで笑ったのは久方ぶりだ。君に何ができる? あれはもうすでに人の手に負えるものではない。災害そのものだ!」
「だとしても……」
だとしてもここで放っておくわけにはいかない。
それにイバラも助けるんだ。立ち止まっている場合じゃない。
「ぐっ……あ、あああああああああああ!!!」
『ォォォォォォォォォォォォォォ!!!』
イバラの悲鳴と怪物の叫びが呼応した。
それに合わせて空からは大雨が降り、雷が轟き始めた。
天変地異のような光景に唖然とする。
まさしく神が現出したかのような光景だった。
「見たまえ! 神はお怒りだ。不遜にも神を倒すと言った人間がいるのだから。この雨も、雷も、全てが神の意志によるものだ。わかったら諦めるがいいさ!!」
「そんなもの知るか! 何と言われようが、俺は俺のやりたいようにやるんだ! お前こそ、黙って見ていろ!」
そう言い捨て、俺は魔力を高めた。
怒りが力に変わる。イバラを苦しめている侯爵も、あの怪物も、俺の弱さも含め全てを対象に怒りの矛先を向ける。
全身から炎が噴き出し、周囲が熱気に包まれる。
侯爵は俺の変化を感じ取ったようで、そうはさせまいと剣を取り灼熱の空気の中俺の邪魔をしようとする。
斬りかかった剣は熱に耐えきれず、溶けてしまった。
「なっ!? 厄介な……」
「邪魔を、するなっ!」
侯爵に向かって炎を纏わせた拳を叩き込む。
しかし、侯爵も上手く体をひねり躱した。
いくら狂信者であっても、将軍というものは伊達ではないようだ。
「君のような若造に後れを取るほど、将軍というものは甘くはない!」
そう言って侯爵は柄だけになった剣を捨て、身体強化のみで襲い掛かってきた。
「この暑さでよくそんな動きができるなぁ!」
「こんなもの、神の前では無意味と知れ!」
こうしている間にも怪物の徐々に近づいてくる。
侯爵の妨害をかいくぐり、津波に干渉しなくてはならない。
しかし、イバラを置いて離れるわけにはいかない。
このままでは間に合わない!
そう思ったとき。
「――――花宮心明流地の型八の太刀〈界鬼断絶〉」
凛とした、それでいて力強い芯の通った声が聞こえた。
それより花宮心明流って言ったか、今? それに聞いたことのない型だったような……?
不思議に思っていると海の方で何か大きな音がした。
何かが切断された音だった。
『ォォ、ォォォ、ォォォォォォォォ……』
「――――――――は?」
侯爵が呆然と海を眺めていた。
その視線の先を辿ると、津波や怪物、そして空さえも綺麗に両断されていた。
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