第40話 シスター

 煉とイバラが帰った後、釜の燃え上がる火の灯りのみの暗い工房に一人。

 クレニユが煉に依頼された刀の製作中で、鉄を打つ音だけが響いていた。

 Sランク冒険者の他に、凄腕の鍛冶師でもあるクレニユは、使用者が最大限力を発揮できるための武器を作るため、腕試しした際の煉を思い返していた。

 そこで少し引っかかることがあったのか、険しい顔を浮かべていた。


「……あの剣技。どこかで見たことあるんだけどなぁ。誰か同じような剣を使っていた気が…………思い出せねぇし、気にしても仕方ねぇか」


 雑念を振り払い、クレニユは意識を集中させた。

 工房には鉄を打つ音だけが響き渡っていた。




 ◇◇◇




 刀が完成するまで一週間。

 それまで今のまま依頼をこなしていた。

 と言っても、まだFランクのだから簡単な討伐依頼くらいしかできない。

 ここ三日間は近くの森を歩き回っているだけだった。


「……イバラを連れまわすわけにはいかないし、かといって一人って言うのもなんか味気ないな」


 少し寂しさを感じていた。

 早くイバラの問題を解決して、自由に動き回れるようにしてやりたい。

 そうは思うが、相手は大貴族。無策で突っ込むのは得策ではないだろう。


「ほいっ。これで十五匹目。今日はこんなもんでいいか」


 依頼のゴブリン討伐をこなし、森を引き返して帰ろうとしたとき、視線の先に何か建物のようなものが見えた。

 こんな森の中に建物? 誰か住んでいるのだろうか?

 少し気になった俺は、その建物の方に足を進めた。

 だんだん近づいてくると全容がわかるようになり、建物はかなり寂びれた教会であった。


「こんなところに教会が……。廃教会ってやつか?」


 とりあえず中に入ることにした。

 誰もいないだろうし、もしかしたら神について何かわかるかもしれない。

 不用心かもしれないが、ものは試しだ。


「お邪魔しまーす……」


 できるだけ小声でそう言うが、扉の開くギィーという音が大きく響き、あまり意味をなさなかった。

 中は普通の礼拝堂で、天上のステンドグラスから日の光が反射し中を明るく照らしていた。

 扉を閉めて少し中に入ると、突然透き通るような女性の声が聞こえた。


「このような場所に珍しいですね。洗礼ですか?」

「!?」


 思わず警戒するが、祭壇の前に白金色の長い髪をしたシスターがいたことに気づく。

 気配は全く感じなかった。


「そのように警戒されては困ります。わたくしはただのシスターにすぎません。どうか楽になさってください」

「…………これは、失礼しました。私はただ森の中に奇妙な建物を見つけただけで、神は信じておりませんので。それより、シスターはこのようなところで何を?」

「わたくしはシスターでございます。教会を管理するのは当然のことかと。……それよりも、神を信じていないとは。なんとも残念なことです。神はあなたのすぐ側にいらっしゃるというのに」

「私は見えないものを信奉する気にはなれません。それに人が何を信ずるかは自由では?」

「確かにそうです。しかし、わたくしは宣教師としても活動しております。神を畏れ崇め奉るのは人の性。信仰とは、人の心を守るために必要なものなのです。あなたにもそれをわかっていただきたいですわ。ここで会ったのも神のお導きによるもの。あなたのお名前をお教えいただけませんか?」

「……レン・アグニ、です」

「わたくしはマリアと申します。あなたに神の託宣を授けましょう」

「いえ、結構ですが」

「災いはすぐ側に。いずれ……いえ、もうそこまで来ています。お気をつけください。あなたの大切なモノを失うかもしれません」

「……断ったのに勝手に………………ていうか、災いって何ですか?」

「それはわたくしにはわかりません。神がそうおっしゃられたのです。わたくしはただそれをお伝えしたにすぎません。後はレン様、あなた次第でございます」


 結局俺次第って、適当にもほどがあるのでは? 

 そう思うが言葉にはしない方がよさそうだ。

 こういうのにはあまり関わらない方がいいというのは鉄板だ。


「あー、ありがとうございます。それでは失礼します」

「あなたに神の御加護がありますように………」


 そう言って祈りを捧げるマリアに背を向け、帰路につく。

 その後、宿に戻るとイバラがいなくなっていた――――。










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