第38話 腕試し ②

 ズドン!!


 その音が響くとき、レンさんが弾き飛ばされ壁に衝突している。

 もう何回もその音を耳にした。

 それでもレンさんは立ち上がり、クレニユさんに立ち向かっていく。

 何が彼をそこまでさせるのだろうか。何が彼を突き動かすのだろうか。

 私には理解できない。彼が分からない。

 彼が戦う理由を、私は知らない。

 彼の力になれるものを、私は持っていない。


 死にたいと、誰かに殺してほしいと思って逃げてきた私には、何もないのだろう。

 何も持っていない私は、彼の重荷になっている。

 あまりにも惨めだ。卑しい人間だ、私は。

 こんな私を助けてくれる彼が理解できないのだから。


 ただ、一つだけ。一つだけ言えるとしたら。



 ――――私は、強くなりたい。





 ◇◇◇






 何度吹き飛ばされても、何度叩き潰されても、何度でも立ち上がる。

 あの日、そう決めたはず。

 しかし、それだけだ。何も変えることができない。

 同じことをただ繰り返すだけ。

 守ることもできず、ただ諦めが悪く足掻き、藻掻いて苦しむだけ。

 それが堪らなく悔しい。

 あれから変わったはずなのに、実際は何も変わっていなかった。

 俺は弱いまま。感情を失くすことで、逃げていたあの頃のまま、強い力を与えられただけ。

 俺は………………強くなりたい。


 だから、今ここで変わるんだ!


「本当に頑丈な奴だね、あんた。これだけ叩いても壊れないなんて、人間じゃないよ」

「……悪いが……とっくに、人間、やめてんだっ!」

「そうかい。でも、さっきから同じことを繰り返しているだけだ。そんなんで勝てると思っているのかい?」

「……何度だって、繰り返すさ。いつか、勝つために。今、ここで、変わるために!」


 そう言って立ち上がる時、咄嗟に掴んだものを見て驚愕した。

 俺は刀を手にしていた。

 普通の打刀よりも反り曲がっている。

 これもおそらく失敗作なのだろう。


「そいつはとある冒険者に頼まれたもんでね。あたしでも知らない武器があるのかとびっくりしたものさ。何度も失敗して、ようやく完成した剣は切れ味が抜群だった。あたしには使いにくい代物だけどね。あんたにそれが使えるかい?」

「これがあるなら、さっきよりは多少マシになるさ。悪いが、そろそろ一発お見舞いしてやりたいと思う」

「ほう。言うじゃないか。口だけじゃないといいけど、ねっ!!」


 クレニユが地面を蹴り、突っ込んでくる。

 今までにない動きだが、さっきよりも冷静に対処できそうな気がする。

 刀を持つと、途端に思考がクリアになる。

 そして師範の言葉が励起する。

 明鏡止水。


「花宮心明流〈流転・柳〉」


 振り下ろされた大槌に刃を当て、逸らす。

 今まで重く感じていたクレニユの一撃が、とても軽く感じた。

 受け流されたクレニユは目を見開き驚愕している。

 ……ようやく隙を作れた。

 一瞬起こったクレニユの硬直が、俺を懐までおびき寄せた。


「しまっ――――――」

「花宮心明流格闘術〈天掌・波潰〉」


 地面に亀裂が走るほどの踏み込みで懐に潜り、クレニユの無防備なみぞおちに魔力強化付き掌底を叩き込む。

 肉体の内側から波紋を立てるように穿つ、流派特有の格闘技。

 これを考えた初代は化け物だと思った。


 ドンッ!!


 という音と共に、今までとは真逆に吹き飛んだクレニユ。

 一発お返しできた俺は、満足してしまったのか力が抜け、前のめりに倒れこむ。

 顔だけ上げ吹き飛んだクレニユの方へ視線を向けると、不敵な笑みを浮かべ立ち上がっていた。

 Sランク冒険者というのはなかなかに化け物らしい。


「――――いやぁ、効いたぜ今のは! 合格だ!!」


 そう言われた俺は、理解できずそのまま気を失った。






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