第28話 状況確認

「――――なんだと? あの女を逃したと言うのか?」


 とある貴族の屋敷。

 その執務室に男たちが集まっていた。

 そのうちの五人。イバラを追っていた柄の悪い男たちだ。

 あとは貴族の男に、側近が二人。後ろに控えるように立っていた。

 リーダー格の男以外顔面蒼白で、恐怖を抱いていることがわかる。


「……申し訳ございません。邪魔に入った少年が予想外の力を持っていたため、一時撤退いたしました」

「言い訳など聞いていない。こんな簡単な任務すら成功できないとは、使えないやつらめ。即刻切り捨てても良いのだぞ」

「……まあ、待ちたまえ」


 側近の男が腰に佩いた剣に手をかけたところで、貴族の男が待ったをかける。

 足を組んで座る姿からは、歴戦の猛者のような風格を感じさせる。


「最終的に私の手元に返ってくるのであれば、何も問題はない。それよりもその少年について話が聞きたい」

「……はっ」


 リーダー格の男が森で遭遇した少年――煉についての情報を全て話した。

 特に伝えようとした煉の能力については、要領を得ない説明となっていた。


「……と、このように不可解な少年でした」

「……ふむ」

「我らを謀っているわけではあるまいな? わからないことが多すぎるぞ」

「うむ。見たことのない高級そうな服装。放った矢が少年の前で溶ける。それになんだ、体から炎を噴き出したなどと。そのような人間がいるはずもなかろう」

「ほ、本当なんですっ! 俺が射った矢が全て溶けたんです。あれは……まるで高熱にさらされたような」

「……まあ、良い。おそらく街に戻ってくるはずであろう。その少年については調査するしかあるまい。此度は大目に見よう。……二度目はないぞ。下がれ」


 そう言うと男たちは逃げるように退室していく。


「処分した方がよろしかったのでは?」

「そうです。使えないものをいつまでも置いておく必要はありません」

「構わん。物は使いようだ。あ奴らにも利用価値はまだある。小娘が私の元にいれば良いのだ。それで計画は完遂される。そうだろう?」

「「はっ」」

「……すべては神の意志のままに。……フフフ……ハハハハ……ハーハッハッハッハッハ――――」


 不気味な笑い声が屋敷に響き渡った。




 ◇◇◇




「なぁ、イバラ。いろいろと聞きたいことがあるんだけど」

「私に答えられることでしたら何でもどうぞ」


 あれから泣き止んだイバラは、羞恥心を感じたのか俺と顔を合わせようとしない。

 女の子にそっぽを向かれるのがこんなにも悲しいなんて。

 それでも、その横顔は年相応の少女のようで、どことなく嬉しく思った。

 あんな悲痛な顔を見たくなかった。というか、俺もこの前まであんな顔をしている時があったんだっけ。

 そう思うと自己嫌悪。美香の前であんな顔を晒していたと思うと申し訳ないと思った。

 これからは気を付けます、ハイ。


「じゃあ……ここは何処だ?」

「どこだって……知らないのですか?」

「知らん。気づいたら森の中にいたからな」

「なんですかそれ。ここはネプテュナス神王国の都市の一つ。海洋都市リヴァイア近郊の森です。この森から都市を挟んだ反対側に海があります」

「なるほど。それじゃ今日の日付を教えてくれ」

「……そんなことも知らないのですか?」

「……………やめてくれ。そんな不審な目を向けないでくれ。これにはやむにやまれぬ事情があるんだ」

「……はあ。今日はたしか、神暦777年8月15日ですよ」


 なるほど。

 俺が谷に落とされてから半年ちょい経っているわけだ。

 え? 嘘。そんな時間経ってたのかよ。

 となると、美香がもし冒険者になっていたらかなりの高ランクになっているはずだ。

 追いつくのに時間かかるじゃないか。


「あの……」

「ん?」

「……………これからどうするおつもりですか?」

「どうするって……どうするかなぁ」

「何も考えていないのですか?」

「最終目的はイバラを狙っている貴族を焼く。だからとりあえず準備だな」

「何の?」

「もちろん、情報その他諸々を」


 とにかく俺の持っているものが極端に少ない。

 情報も金も伝手も。そういや身分証もないな。

 足りないモノばかりだ。


「まあ、何とかなるさ。まずは街に行こう」

「……………あまり街中にいたくないのですが」

「そうかもしれないが必要なことだ。解決するまで我慢してくれ」

「わかりました。ただ……」

「ただ?」

「あなたのことも教えてください。これから一緒に行動するのですから、少しでもあなたを信頼したい……と、思います……」


 そう言ってイバラは顔を逸らす。

 おそらく照れているのだろう。まだ自分の感情を受け入れ切れていないのだ。

 これから慣れるさ。俺がそうだったんだから、間違いない。

 俺はこれまでのことをイバラに話しながら、街を目指した。






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