第27話 彼女の願い、あの日の誓い
さて、どうしたもんか。
いつまでも怯えているこの少女。
人ではないことは確かだ。だって角あるし。
なんか複雑な事情があるのだろうけど、正直言って関わるべきではないと思っている。
しかし、放置できないのもまた事実。
「はぁ……。お前、名前は?」
「ひっ! ご、ごめんなさいっ」
「いや、そうじゃなくて。名前だよ。名前くらいあるだろう?」
「い、イバラ……です……」
蚊のなくような声で名乗った少女は、イバラと言うらしい。
「なんかよくわからんが、親とかいないのか?」
「……は、母は殺されました……父、は……知りません……」
「お、おう。ごめん……」
想像以上に重かった。
だが、それで少しは予想を立てられるというものだ。
たしかあの男たちは、この子を屋敷に連れ戻すとか言っていたな。
この子はその屋敷から逃げ出してきた、そしてそれがバレて男たちが追いかけてきた。
それからずっと屋敷で何かさせられていたのではないか。
テンプレならこんな感じだろう。
……ヤバイ。正直関わりたくなくなってきた。
絶対面倒なことになる。
それなのに、なぜか放っておくことができない。
「……なあ。なんで逃げ出したりなんかしたんだ?」
「そ、それは……」
「別にいいたくなかったらそれでもいいけどな。ただの興味本位だ」
俺がそう言うと、彼女は俺を真っ直ぐに見つめてきた。
どこかで見たことある目をしていた。
覚悟を決めたわけでもなく、まるで……
「……私を……殺してほしい……」
「――は?」
「もう、あんなこと、したくない。だから……誰かに、私を殺してほしかった」
「で、でも、さっきは助けてくれって」
「あいつらは、私を殺さない。私に利用価値があるから。だから、あいつらに捕まるわけにはいかなかった」
「つまり、自分を殺してほしい人を探すために」
「……そう」
ああ、そうか。
どうりで見覚えがあると思ったんだ。
その目……もう何もかも諦めたんだな。
以前の俺と同じ目だ。
自分が何もしなければいいと思っていた、サタンと会う前の俺に。
彼女の場合は俺とは違う。
彼女は、早く楽になりたいのだろう。
その様子を見ればわかる。かなり虐げられてきたのだ。
痛みも苦しみも絶望も、全て味わってきたのだ。
だから、誰かに殺してほしいと。
「……………冗談じゃない」
「あなたは……私を殺してくれますか?」
「断る」
「……………では、私は違う方を探しに行きます。それでは」
「それもダメだ」
「………なぜですか」
「全部諦めて…………それで死んで満足するのか? 死ぬだけなら自殺でもなんでもすればよかっただろう。なぜそれをしない」
「それは……」
わかるさ。
誰かに楽にしてほしいだけだって。
自分でやるのは怖いから、他人の手でしてもらおうって。
俺も一度は考えたことがあるさ。
だけどな、それじゃダメなんだよ。
それだけはしちゃダメなんだ。
あの時美香は――。
『「死んで楽になるなんて逃げでしかない。立ち向かいもせずに逃げる臆病者は生まれ変わったって臆病者のまま。楽になりたいのなら、立ち向かってでも辛い道を歩むべき」』
「……………何も知らないくせに」
イバラは俯いてそう言った。
バッと顔を上げたとき、イバラの顔つきは変わっていた。
「私のことなんて知らないくせにっ! 偉そうなこと言うなっ!! 私が……っ………どれだけ辛い思いをしてきたかっ……」
「ああ、知らないさ。でもな、これだけは言える」
涙を流しているイバラに諭すように言う。
お前と同じような道を歩いてきた先輩からの助言だ。
「自殺できるのにしていないのは、生きたいと思っている証。辛いなら泣けばいい。苦しいなら叫べばいい。助けてほしいなら声を上げろ。お前に手を差し伸べてくれる人は必ずいる。この世界に……独りぼっちの人は存在しないんだから」
「そんな人……私にいるわけないっ!! 誰も手なんて差し伸べてくれなかったっ! 誰も……お母さんを助けてくれなかったっ! そんなやつ、私にはいないんだっ!!!」
「いるさ」
「だれがっ!!」
「――俺が助けてやる」
「……え……?」
見過ごせない。
こんな少女を苦しませる存在を。
そんな世界を、許せるわけがない。
それに、俺と似た少女を助けられないなんて、美香に顔向けできないじゃないか。
「さっき言われたからな。助けてほしいって」
「でも……さっき断るって……」
「殺すのは断ったさ。でも、助けてやると言った。お前を苦しめる理不尽な存在全て、俺が焼き尽くしてやる。……だから、もう我慢しなくていい」
そう言って頭を撫でてやる。
すると、今まで我慢していた分が溢れだした。
堰を切ったように泣くイバラの声が響いた。
あの日誓った決意を胸に、俺はただ黙って側にいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます