第26話 森の中の遭遇

「さて、そろそろ行きますか」


 地上の景色を堪能した俺は立ち上がり、あてもなく歩き出した。

 なんとなくこっちに行けば何かあるだろうと。

 何の知識もなく森の中を歩くなんて無謀でしかないが、谷底よりましだ。

 しばらく歩いていると、視線が多く向けられていることに気づいた。

 周囲を見渡すと動物たちが俺の様子をうかがっていた。

 熊や鹿に兎など、およそ森にいる動物たちが揃い踏みしていた。


「…………なんだ、俺なんか変か」


 気にせず歩いていると、満足したのか解散した。

 一体何だったのだろうか。

 できることなら人生で一回だけ、動物たちに囲まれるという経験をしてみたかったのだが。

 それはまた別の機会にしよう。

 そんなことより、今度は別の気配を感じた。

 動物とは違って、微量の魔力を感知した。おそらく魔獣だろう。

 少し大きめの足音がだんだんと近づき、姿を現した。

 でっぷりとした巨体に豚の頭。あの有名なオークさんだった。

 たしか女騎士を捕まえてあんなことやこんなことをする魔獣だったと記憶している。


「コイツ、オンナチガウ」

「オトコハ、イラナイ。エサ」

「コロス、コロス」


 へぇ。

 オークって言葉話せるんだぁ。

 数体のオークに囲まれているが、のん気なことを考えていた。

 そんな俺を殺そうと、囲んでいたオークは連携など考えることもなく突撃してきた。


「……はぁ。〈炎の散弾ブレイズショット〉」


 頭上のサッカーボール大の炎弾を出現させる。

 その炎弾は高速で回転を始め、豆粒ほどの小さな火の球をを撒き散らす。

 飛んでいった火の玉は、正確にオークの眉間と心臓を貫く。

 しかし、そこで俺はミスに気が付く。


「やべっ」


 オークたちは撃ち抜かれた部分から激しく炎上した。

 幸い周囲に飛び火することなく鎮火することができたが、オークは骨も残らず灰と化した。


「最悪だ……もしかしたら売れるかもって思ってたのに」


 力加減を間違えた。

 ここは谷底の魔獣とはレベルが圧倒的に格下なのだ。

 初めて遭遇した地上の魔獣は思った以上に弱かった。


「こんなところで城暮らしの弊害が出るとは……不覚」


 今後、素材は大事に!

 そう心に固く決めて歩き出そうとしたとき。


「――……か……すけ……」


 微かに人の声を耳にした。

 声色から切羽詰まっていることだけはうかがえる。

 こんな森の中に入り込んでバカなやつだな、と思った。

 しかし、俺としては好都合だった。

 助けて恩を売り、街までの道案内をしてもらおう。

 そうしよう。

 ということで、声のした方へ向かうことにした。


「〈蒼炎疾走フラム・アクセル〉」


 周囲に飛び火しないように加減をして、速度を上げる。

 ハイスピードで樹々の隙間を通り抜け、人影を見つけた。

 速度のせいでよく見えなかったが、間違いないと踏んで人と魔獣の間に着地した。


「――えっ?」

「な、何だてめぇ!?」

「どっから現れやがった!」

「ん?」


 女と数人の男の声が聞こえた。

 不審に思い顔を上げると、目の前には柄の悪い男が四人。

 いや、木の枝に矢を番えた男がもう一人。計五人。

 そう言えば女の声も聞こえた気が。

 後ろを振り返ると、驚愕した。

 青みがかった黒髪、紫紺の瞳、やせ細ったガリガリ体形なのに出るとこは出ていた、襤褸布のような服を纏った美少女。

 何より気になったのは、額に小さな一本の角が生えていた。

 明らかに人間ではないその少女は、木を背に怯えた表情で尻もちをついていた。


「え~と……どういう状況?」


 魔獣に襲われていると思っていたら、実は暴漢に襲われていました。

 そんな勘違いで突然現れた俺にびっくりしているとか?


「何なんだ、てめぇ!」

「いきなり現れやがって、このガキが」

「待て。こいつの服、かなり上等だぞ。殺して身ぐるみ全部剥がせばそれなりの金になりそうだぜ」

「どうせ見られたんだ。目撃者は殺す。この女は屋敷に連れ戻す。それで任務は達成だ」


 厄介事の予感。

 そんなものは求めていないので退散しようかな。


「……お騒がせしましたー…………」

「待って! 助けてください! お願い!!」


 俺が背を向けて帰ろうとしたのを、美少女が止めた。

 涙ながらにそう言われては、さすがの俺も見過ごせないというものだ。


「はぁ……やれやれ。お兄さん方、いたいけな少女を寄ってたかって襲うのは感心しないが?」

「なんだぁ? ガキがいっちょ前にヒーロー気取りか? そういうのは子供の頃に卒業しておくもんだぜぇ」


 そう言って男たちが大声で笑う。

 こんな森の中で大声を上げないでほしい。

 魔獣が寄ってくるだろう。面倒臭い。

 気だるげに手を振って退散を促す。


「ほれ、見逃してやるから。とっとと帰ってくれや」

「あ? 状況が理解できてねぇのか?」

「ガキ一人で何ができるってんだ、あぁ!?」

「……」


 リーダーっぽい男が手を上げると、木の上にいた男が俺に向かった矢を放った。

 しかし、その矢は俺に到達する前に、先端から溶けていった。

 何が起きたかわからなかったのか、射手の男は何度も俺に矢を放ってきた。

 だが、結果は変わらなかった。


「……何をした?」

「ん? 別に何も。いいから、もう帰ってくれ」

「それはできない。そこの娘は我らが主の物。それを返してもらおう」

「……胸糞悪いな。こんな小さな女の子を物扱いかよ」


 久しく感じていなかった怒りの感情。

 いや、嫌悪感の方が強い。

 しかし、それが影響したのか、体から炎が溢れだしてくる。

 男たちが恐怖し、リーダーの男以外が尻もちをついて後ずさる。


「ひぃ!?」

「な、何だよ、こいつ!?」

「ば、化け物……」

「……………今ならまだ見逃してやる。とっとと失せろっ!!」


 そういうと男たちは我先にと逃げ去っていく。

 とりあえず何とかなったか。

 あとは……………後ろで怯えている美少女だけだな。






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