海洋都市編

第25話 ???

 *???*


 私は生きているだけで虐げられてきた。

 特に何かをしたわけでもなく、ただ存在すること自体が許されない。

 そう言われてきた。


 そんな私の唯一の味方は、母だけだった。

 私と同じ苦しみを味わってきたはずなのに、それでも母は私を愛してくれた。

 常に笑顔で優しく慈しみ、たくさんの愛情を注いでくれた。

 そんな母が、私は大好きだった。

 どんなに苦しくても、母との暮らしはとても幸せだった。


 ――しかし、そんな日々は長くは続かなかった。


 私と母の隠れ住んでいた村に、とある貴族がやってきた。

 幼い私はどうしてこんなちっぽけな村に来たのかわからなかった。

 突然母に手を引かれ、最低限の荷物だけを持って逃げるように村を後にした。

 私はいつものように、村に居づらくなったからまた違う村を探すのだろうと思っていた。

 後になって気づいたが、本当はその貴族から逃げていたのだった。

 逃げている間、どこの村にも入ることはできず、森の中や洞窟でひっそりと逃亡生活を送っていた。何年もずっと。

 その時、母はいつも同じことを口にしていた。


『大丈夫。――は私が守るから。絶対に大丈夫だから。心配しないでね』


 いつもの優しいあの笑顔で、母はそう言った。

 それだけで私の心は安心した。

 大好きな母と一緒にいるだけで十分だったのだ。


 ――――――――そんな私が母を殺してしまった。


 ある日の早朝、母は苦しそうに唸っていた。

 明らかに体調が悪いのが分かった。

 母が死んでしまうと思った私は、一人で近くの街に向かった。

 大きな街なら母を治す薬も売っているだろうと思った。

 しかし、街に行っても誰も助けてはくれなかった。

 金がないから、そんな汚い格好で近寄るな、とにかく散々なことを言われた。

 それでも私は大好きな母を助けるために、必死に街を走り回った。

 そして遂に、私は見つかってしまった。


 いつかの村で見た貴族。

 私たちの逃亡生活が始まった原因。

 最悪なことに同じ街にいたのだ。

 母のためになりふり構って居られなかった私は、選択を誤った。

 その貴族に母を助けてほしいと縋ってしまった。

 どんなことでもするからと。

 その貴族は助けてやると言った。そう言ったのに…………。


 私を探して無理矢理体を動かした母は、私と貴族が鉢合わせていたところを見ていた。

 母は私を貴族からは引きはがそうとして私の側に来た。

 まだ何も知らなかった私は、母に体を直してもらえると無邪気に言った。

 そう言った瞬間、母は私の手を引き逃げるように駆け出した。

 おそらくどうなるか想像できたのだろう。


 私の手を引く母の背に魔法の矢が刺さった。

 一瞬何が起きたかわからず、倒れ伏す母を呆然と見ていた。

 なんで、どうして、母を助けてくれると言ったのに。

 そう訴えた。


『助けたとも。苦しみから解放して差し上げたのだ。――死をもってな』


 そう言って貴族やその護衛たちは高らかに笑い声をあげた。

 何も言い返すことができなかった。

 それどころではなかった。

 冷たくなっていく母の手を握り、私はずっと母を呼び続けた。


『……ごめんね、守ってあげられなくて………………ごめんね……いつか――を助けて……くれる人が………………いるから……だから……精一杯生きて……………ずっと……………愛して……………』


 それが母の最期の言葉だった。

 いつまでも母を呼び続けていた。

 それでも母はもう返事をすることはなかった。

 いつもの優しい笑顔を見せてくれることはなかった。

 悲しみと後悔で涙が止まることはなかった。

 そんな私を貴族は無理矢理屋敷に連れて行った。

 何をする気にもなれなかった。何かをする気力などなかった。


 貴族は私の能力を強引に引き出した。

 それからは毎日、能力を使わされる日々だった。

 暗く冷たい牢の中。

 何年も何年も、ずっと。

 同じ日々の繰り返し。休ませてくれることはなかった。

 今もずっと。


「――おい、時間だ。出ろ」

「…………」


 お願い。

 誰でもいい。

 誰か私を






 ―――――――殺してください。








 ◇◇◇





 目を開けるとそこは、深い森の中。

 青い空。周囲は明るく太陽に照らされていた。

 そしてほのかに漂う潮の香。


「……………ハハッ。地上ってこんなにも綺麗だったんだな」


 ちょっと感動した。

 何はともあれ、生還することができました。

 その余韻を堪能することにした。


 俺は、しばらくその場に座り込み、空を眺めることにした。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る