第16話 勇者の独白

 なぜだ?

 一体何をダメだったと言うのか。

 あいつさえいなければ彼女は俺を見るはずだった。

 なのに、どうして。



 ◇◇◇



 彼女――江瑠間美香は俺にとって理想の女だった。

 顔もスタイルも全てが完璧だった。

 俺の恋人になれば理想のカップルになっていたに違いない。

 しかし、彼女に好意を持っているのは俺だけでなかった。

 同じ高校に通う男子のほとんどは彼女に好意を持っていただろう。

 学校一の美少女は伊達じゃない。

 ましてや他校の男子を合わせれば数えるのも億劫になる。

 そいつらに比べたら同じ学校、しかもクラスメイトと言うのはでかいアドバンテージだと言える。


 今まで女性関係で困ったことはない。

 俺はいるだけで女子が寄ってくる。

 女同士の揉め事はあったが俺には関係ない。

 俺のために争うな、などと悲劇のヒーローのようなことは言わない。

 そこらの有象無象になんて興味すらない。

 しかし江瑠間美香、彼女だけは違う。

 そこらの有象無象とは別次元の存在だ。

 まさしく俺にふさわしい。

 ということで一年のことから猛アタックし続けた。

 しかし、一向に振り向くことはなかった。二年間も同じクラスだというのに名前すら呼ばれたことはない。

 一体どういうことだ。なぜ俺を見ない。お前に釣り合う男なんて俺以外にいるはずもないだろう。わかり切ったことだ。


 その謎は二年のクラス替えでようやくわかった。

 阿玖仁煉。

 馴れ馴れしくも江瑠間美香と一緒にいる男。

 幼馴染だかなんだか知らないが身の程を弁えろ。

 だが、そんなことを言えるはずもなく、変わらず声をかけ続けるが変化なし。

 彼女はいつも阿玖仁煉と一緒にいる。

 登下校はもちろん、昼休みや放課後も。

 遊びに誘っても断られ、ゲーセンでたまたま見かけたときは殺意すら湧いた。

 俺が断られたのにどうして阿玖仁煉と一緒にいたのか。

 ふざけた話だ。


 そんな俺にも転機が来た。

 なんと、異世界召喚というラノベ展開が起こったのだから。

 まるで別世界に連れ去られ、本当はドッキリなんじゃ?とも思ったが、現実だった。

 まさしく夢のような出来事。

 テンプレの魔王を倒すために俺たちが召喚されたという。

 そしてその勇者となったのは――――俺だった。

 マジで主人公じゃん!と思った。

 勇者に靡かない女なんているはずもないからな! 

 これで美香も俺のものに。


 ……そう思っていた。

 何だよそれ。勇者以上のチートっておかしいだろ。

 数値もスキルも全部俺の数倍。ありえない。

 そして阿玖仁煉。お前もだ。

 ジョブなしの無能者。これは分かる。

 だが、スキルが俺と同等? しかも誰も見たことのないエラー判定?

 お前如きが俺より目立つとか許されざる行いだぞ。

 決めた。絶対にこいつは排除する。


 そのために行動を開始した。

 まずは俺の取り巻きの男子たちに話をした。

 あいつらは俺の言うことなら何でも信じるバカだ。扱いやすい。

 阿玖仁煉を貶めるための協力者に仕立て上げた。


 そして次は女子だ。

 上野怜華。江瑠間美香には劣るがこいつもそこそこの美少女。

 こいつには嘘を吹き込んでやった。

 深刻な顔をして、阿玖仁煉が城のメイドに手を出していることを教え、次に狙われているのは上野だと。だからそうなる前に阿玖仁煉を何とかする。これは上野を守るためだ。

 そんなことを真剣な顔で言えば、コロッと騙される。

 チョロい。そんで軽く抱いてやれば後はもう俺のもの。

 簡単すぎて笑いがこみ上げてくる。我慢するのも大変なんだぜ。


 阿玖仁煉を犯罪者に貶める当日。

 その日は王女のお願いで美香は視察についていった。

 これも俺が王女に頼んだことだ。さすがにガードは固かったが頼みは聞いてくれた。

 作戦は全て上手くいった。完璧だった。

 だが、不可解なのは阿玖仁煉があまりにも素直に受け止めたことだ。

 惨めに反抗するかと思いきや、一言、やっていない、と言うだけで終わった。

 あれは一体……?

 いや、考えても仕方のないこと。

 それよりもあいつの処刑についてだ。

 皇帝や貴族たちは国外追放とか言っているが甘い。

 そんな罰では絶望を与えられない。それに死なない確率が高い。

 そこで俺は理由をつけて「谷落とし」を提案した。


 それも上手くいった。

 皇帝も案外すんなりと俺の意見を聞いてくれた。

 違和感というかなんか変な感じだが、順調なので気にしない。

 皇帝と阿玖仁煉が二人でこそこそと何か話していたが、どうせ死ぬんだ。意味はない。

 俺も一言話してやろう。憂いを残さず死んでほしいからな。

 しかし、返ってきたのは思いもよらない言葉だった。


『――――お前じゃ足りない。諦めな』


 今でも耳に残っている。

 そして奴の不敵な笑みが鮮明に記憶されている。

 なぜあの状況であんなことが言える?

 不可解だ。何が何だか。

 その光景が悪夢のように毎日よみがえる。

 一体どうしたというんだ。


 それから数日。

 美香が視察から帰ってきた。

 訓練場に入ってきた美香はどこか焦った様子で阿玖仁煉について聞いてくる。

 他の奴らは何も答えないから、俺が懇切丁寧に優しく教えてやった。

 だが、なぜか美香は全て知っていた。

 いや、おそらく俺の話から全てを理解したのだろう。

 そして……。


『――――あなたじゃ物足りないわ。諦めなさい』


 奴と同じ言葉。

 美香はごみを見るような目つきで俺にそう言った。

 おかしい。どうしてこうなった。

 なぜ美香まで奴と同じことを言うんだ。

 頭が真っ白になり、自分が立っているかすらわからなくなった。

 それから俺はしばらく寝込んでしまった。

 疲れていたのだろうと言われたが、あの程度で疲れるものかっ。

 精神的なダメージが大きかったと理解している。


 そして起きたとき、美香はいなかった。

 自分の荷物を持って城を出たらしい。

 阿玖仁煉を探すのだとか。

 何を言っているのかわからなかった。

 奴は死んだ。あんな谷で生きていられるわけもない。

 それなのに美香は迷いなく生きていると言い切った。

 どうしてそんなに信じられるのかわからない。

 美香がわからない、阿玖仁煉がわからない。

 わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない。


 これからどうすればいいのかわからない。


 だが一つだけ言えることはある。


 ――――――俺は絶対に諦めない。








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