第12話 煉のもとへ *美香視点

「――お、お待ちください! 今、陛下に確認をっ!」

「うるさい。私の邪魔をしないで」


 皇帝の執務室の前で衛兵に止められるが全て無視。

 とにかく私の時間を奪わないでほしい。

 私は勢い任せに扉を開ける。

 中にいた皇帝や宰相、そして何かの報告をしていたであろう文官がこちらに視線を向けた。


「ミカ殿か。ここは陛下の執務室です。いかにミカ殿と言えど、そのような無礼は許されることではありませんぞ」

「うるさい。私は皇帝に聞きたいことがあるの。少し黙っててくれる?」

「っ!? 異世界からの客人だからと言ってその態度はっ」

「良い。其方の聞きたいことには心当たりがある。下がれ」

「しかし、陛下!」

「余は下がれと申したが?」

「っ! わかりました……失礼いたします」


 文官は何が起きたかわからない様子で部屋を出た。

 宰相は私を睨みつけてからなぜか悔し気な様子で出ていき、執務室には私と皇帝の二人だけになった。

 なぜか宰相に嫌われているのだが、今はそんな些事どうでもいい。


「アグニ・レンのことだな。個人的な心情を述べれば、彼には申し訳ないと思っている」

「……ふざけないで。だったらどうして煉が『谷落とし』なんて受けなければならないのよ」

「全ては帝国のため。私は皇帝として帝国を守り、繁栄させる義務がある。故に多少の犠牲はやむを得まい」

「言いたいことは分かる。でも、理解できない。多少? 命を切り捨てておいて国が繁栄するとでも?」

「国とは数々の犠牲の上で成り立っている。此度の件もその一つに過ぎない」

「だからって、おかしいじゃない! 今回のは明らかに変よ! たかが女に手を出したからって。それに煉は冤罪よ! それでどうして最上級の刑に処されなければならない!」

「……これも全て神のお導きによるもの。定められた運命に従ったまで」

「……神? 神、ですって? そんな存在もしないモノの意思に左右されるなんて頭がおかしいとしか言えないわ」

「何を言うかと思えば、我らが神は存在する。天上世界より我らを見守ってくださっているのだ」

「だとしたらよっぽどのクズね。そんなくだらない運命なんて課す神なんてクソ食らえ。私の道は私の意思で決める。そんな大それたモノを自称するクズなんて私が滅ぼしてやる」


 こんな狂信者が治める国なんて一秒たりともいたくない。

 早く出るに限るわ。まったくもって無駄な時間だった。


「どこへ行く?」

「決まっているでしょ。国を出るのよ」

「国を出てどうするというのか」

「……煉を探すわ。あいつは絶対に生きてる。私を置いて勝手に死ぬなんて許さない。必ず見つけ出して……一発ぶん殴ってやるわ」

「かの谷に行くのはよせ。貴殿でも命はないぞ」

「うるさい。私の邪魔をしないで。私の道は私で決める。そう言ったはずよ?」

「好きにせよ。だが、谷へ向かうことだけは認められぬ」

「あなたにどんな大義があってそんなこと言うのかしら? どうせ国のためだとか、神が決めたとかでしょ。そんなもの私の知ったことではないわ」

「国を出て貴殿がどう生きるかは好きにせよ。だが、谷に行くことは彼に止めろと言われているのでな。私も約束くらいは守る」

「……嘘を吐くならもっとましなこと言いなさい。私はもう行くわ」

「彼から……貴殿への伝言を預かっている」


 その言葉を聞いて思わず私の足が止まる。

 煉から私に伝言。

 もしかしたら私を止めるためだけの嘘かもしれない。

 それなのに、体は、頭は、その伝言を聞くことだけに意識が向いている。


「ミカ殿ならこれだけで全て理解すると言っていた。よい信頼関係だな。私も羨ましく思うぞ」

「……言うのなら早くして。私は急いでいるの」

「ふむ。では――」


『自由に生きろ。またな』


 皇帝が伝えた煉の伝言は、まるで煉がそう言ったかのように聞こえた。

 耳に焼き付いている煉の声。

 煉らしいその言葉が、私の頭の中を駆け巡る。

 そして言葉の意味を全て理解した。まったく、煉は……本当に……。

 さっき泣かないと決めたのに、目から涙が溢れて止まらない。


「城を出るなら正門から行くといい。門番に餞別を渡してある。多少だが路銀には困らないだろう。……いつか、其方らの活躍を期待している」


 背中を向ける私に皇帝はそう言った。

 その声音は皇帝とは思えないほど優しいものだった。

 私は何も言わず執務室を後にした。



 ◇◇◇



 部屋に戻った私は荷物をまとめ、全てアイテムボックスに入れた。

 この世界に来て一番便利だと感じたのはこのスキル。

 わざわざ重い荷物を持たなくて良いのは単純に楽でいい。


 制服を整え、鏡で身だしなみを確認したら、あとは城を出るだけ。

 クラスメイト達には何も言わない。

 言う必要もないし、勇者は特に面倒になりそうだから黙って行く。

 正直言えば、私に彼らは必要ない。

 私は煉がいればそれでいい。


「待っててね、煉。絶対に、会いに行くから――」


 決意を込め呟く。

 覚悟は決まった。今はただ、前を向いて歩いていく。

 いつか、煉に会う日まで。


 私は門番から皇帝の餞別とやらをもらい受け、堂々と正門から城を出ていった。




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