第11話 煉がいない *美香視点

 王女の視察に同行して一週間。

 ようやく宮殿に戻ってこれた。

 なぜ私が同行者として選ばれたのか分からないけれど、街の雰囲気とか世界の様子とかを見て回るのに丁度いいと思って承諾した。

 せっかくだから煉もつれていこうとしたが、思いのほか煉の評価は良くない。

 王女や近衛騎士たちは煉を無能者として嘲り、関わろうとすらしなかった。

 煉の凄さを理解できないなんて、見る目がないのね。

 私が唯一認めた男よ。そこらの有象無象と一緒にしないでほしいわね。


 それにしても煉のいない一週間は退屈だったわ。

 王女との会話も大して実にならないし、暇つぶしに騎士たちと訓練したけれど今の私の相手にもならなかった。

 もう宮殿で私の相手をできるのは煉くらいね。

 今回のことでいろいろと情報は集まったし、そろそろ煉と宮殿を抜け出して冒険者にでもなろうかしら。

 そのほうが退屈しないし、な、何より、煉とで、デートみたいでいいわねっ。


 わ、私だって年頃の女の子だし、そういうことにも興味くらいは持つわ。

 煉がどう思っているかは知らないけれど。

 あいつ、時々極端に感情を抑え込むから何考えているのかわからなくなる時があるのよね。それさえなければ……。

 って、そんなことはどうでもいいのよっ!

 とにかく、もう宮殿は出ること決定。煉にも言わなくちゃ。


「ミカ? もうすぐ着きますよ。大丈夫ですか?」

「へ? な、何でもないわ。大丈夫」

「すみません。私のわがままに付き合わせてしまって」

「問題ないわ。私もこの世界を見て回ることができてよかったから」

「そうですか。それなら良かったです」


 王女様が微笑む。

 確かに美人ね。煉がそう言うのも納得。

 でも、気に食わないわ。あとでお仕置きね。

 宮殿に着いた私たちは皇帝の執務室に連れていかれた。


「シャルよ、視察ご苦労であった。報告書が終われば、しばらくはゆっくり休むが良い」

「ありがとうございます、お父様」

「ミカ殿もシャルのわがままに付き合わせてしまってすまない」

「構いません。それより私からご相談があるのですがよろしいですか?」

「良い。何なりと申せ」

「……もう一人連れて来るのでお待ちいただいても?」

「うむ。帰ってきたばかりであるからな、ゆっくりでよいぞ」

「はい」


 執務室を出て、私は早急に煉の部屋に向かう。

 できるだけ早くここを出て冒険者になりたい。その気持ちが私の歩調を早める。

 もしかしたらと思い、途中訓練場に立ち寄る。

 案の定クラスメイトが訓練している最中だった。

 しかし、煉はいなかった。おそらくサボっているのだろう。

 踵を返し私は離宮の煉の部屋に向かった。

 ノックはしない。どうせ本を読んでいるか寝ているか寝ているかだ。


「煉! いるんでしょ? ちょっと来なさい」


 扉を開けて部屋に入るが、そこは何もなかった。

 煉の荷物どころか何も物がなかった。

 まるでいなくなったみたい――。

 不安になった私は煉を探して宮殿中を探し回る。

 しかし、どこを探しても見当たらない。

 煉がいたという痕跡すら見つからない。

 どうして? もしかして私を置いて……いやいや、そんなことはありえない。

 煉がそんなことをするわけない。

 私を残して勝手にどっかに行くなんて、煉はそんな男ではない。


「江瑠間さん? 帰ってきてたの?」


 いつの間にか訓練場に戻ってきていた。

 訓練していたクラスメイト達は休憩中のようだ。


「……煉は? 煉はどこ!?」

「え、江瑠間さんっ? ど、どうしたの? そんなに慌てて」

「煉がいないのよ! 何か知らない!? あなたたちここにずっといたのでしょ? 私がいない間に煉は何処に行ったのよ!」

「お、落ち着いてっ。阿玖仁君なら……」


 バツが悪そうな顔をして目を逸らす。

 絶対に何か知っているはず。なのに誰も答えない。

 一体何を隠しているのよ。


「――――阿玖仁ならもういないよ。どこにもね」


 綺羅阪天馬。

 確か勇者だったわね。

 煉がいない? 一体何を馬鹿なことを言っているのかしら。


「……どういうことよ?」

「言葉通りさ。彼はもういない。悪いことをして裁かれてしまったのさ。馬鹿な男だよ、ほんと」


 そういう勇者は薄気味悪い笑みを浮かべて私に近寄ってくる。

 気持ち悪いから近づかないでほしいのだけど。


「……彼は死んださ。城の女の子に手を出すだけでなくクラスメイトにまで。その愚かな行為で彼の刑は『谷落とし』。もう生きていないだろうね」


 その言葉だけで煉が何をしたのかわかった。

 まったくこんな時まで感情を抑えなくていいのに。

 本当、バカなんだから……。


「彼には君のことを託されたよ。安心していい。僕が彼の代わりに――」

「何言っているの?」

「は?」

「煉がそんなこと言うはずないでしょ」

「い、いやいや。実際に彼から」

「大方、煉に嫉妬して冤罪をかけた。そして皇帝に何か言って『谷落とし』になるように誘導したのでしょ。その程度の罪で『谷落とし』にするなんてありえない。おそらく皇帝にも何か考えがあったのでしょうけど。それで? 煉を排除して私の隣をゲットできるとでも? 頭湧いてんのか、このクズ」

「っ!? い、言わせておけばっ……」

「煉の代わり? ふざけないで。煉の代わりなんてない。煉は一人だけ。私が心を許した男がこの程度で死ぬわけない」

「何を根拠に」

「根拠なんて必要ない。私が煉を信じている。それだけよ。あんたに私の相手は務まらない。煉が言いそうなことを私も言ってあげる。

 ――――

「っ!!?」


 悔し気に唇をかみしめている勇者は放置。

 状況を理解できていないクラスメイト達も放置。

 こいつらは信用できない。元からしていないけれど。

 とにかく今は煉よ。皇帝に話を聞かなきゃ。

 私は訓練場を出て皇帝の執務室に向かう。


 ――――途中で膝から崩れ落ちた。


「は、ははは……。驚いた。煉がいないだけでこんなに苦しいなんて思わなかった」


 ダメよ。まだ、ダメ。

 毅然とした態度を貫くの。


「…………泣いている暇なんて、ない。もう一度、煉と会うまでは絶対に――――」


 震える体を抑え込み、足を踏みしめ立ち上がる。

 そして私は皇帝の執務室に向かった。


「…………こんなことなら……煉に感情の抑え方、教えてもらえばよかった……」









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