第10話 契約
「……うっ……」
激しい痛みで煉は目が覚めた。
「――よう。目が覚めたのかい」
突然声をかけられ警戒するも、体を動かすことができない煉は警戒を解いた。
何もできないのに警戒することに意味を感じなかったのだ。
声がした方に顔を向ける。
煉のすぐ横にはなぜか半透明の美丈夫がこちらを向いて座っていた。
深紅の髪と瞳が特徴的で煉は目を奪われた。
「……あ、んた……誰……だ……?」
「誰だって? 見ての通りの幽霊さ。ちょいと死にぞこなっちまってな。たまたまさまよっていたところに死にかけのお前さんを見つけたってわけさ」
「……」
「何だい、信じられねぇってか? そりゃそうか。いきなり幽霊ですって言われたって困るわな」
男はそう言って豪快に笑う。
煉は何か言おうとするが、今の状態では声を出すだけで激痛が走る。
「その体でよく生きてるな。かなりひどいぞ」
「……あ……んた、が……たす……け、て……」
「俺が助けたわけじゃない。お前さんが自力でここまで来たんだろう? まああの熊から攻撃受けて生きているだけでも大したもんだ」
「……じゃあ、な……んで、おれ……に」
「そりゃお前さんを待っていたからな。ようやく待ち人が俺の前に現れたんだ。未練がましく現世に留まっていて正解だったってわけだ。
とまあ、余計な話をしている場合じゃねぇな。本題に入るぜ。
――俺はお前さんを助けてやることができる。だが、タダってわけにはいかないわけよ。俺だって叶えたい願望が残っているからこうして幽霊になってまでここに留まってるんだ。お前さんを助けてやる代わりに、俺の願いを叶えてくれ。これは契約だ。
まあ、その状態じゃお前さんに拒否権はないだろうけどな」
男は一度話を切り、煉の様子を見る。
そして男は驚愕に目を見開く。
煉の目が強く訴えていた。生きたいと……。
「元より断わる気はないってか? いいねぇ……。生きるためなら何でもする。お前さんからはそんな覚悟を感じるよ。だが、契約する前に一つ聞かせてくれ。ちょいと気になることがあってな。
――――お前さんのこれまでは見させてもらった。その上で、どうしてお前さんは感情に蓋をする? 自分で気づいているか? お前さんの中にはいろいろなものがごちゃ混ぜになっているぜ」
「……それ、が……正……し、い……と……」
「本当にそうか? なぜ隠す必要があった。お前さんが抱いた感情は全て正しいものだ。それを開放して何が悪い。虐げられたのなら怒ればいい。辛いなら泣けばいい。苦しいのに誰にも打ち明けずに、ひたすら自分の中に押し込めて、お前さんは一体何を得た? その行為に……何か意味はあったか?」
煉は言葉に詰まった。
煉はこれまでの行いに意味を感じられなかった。
感情的になると母親に暴力を振るわれる。同級生たちからは馬鹿にされ、教師は煉を悪と断じたこともあった。
そして煉は感情に蓋をした。決して人前で感情的にならないように。面倒事を避けるために自分の感情を抑えこみ、その結果がこれだ。
他人から向けられる感情に鈍く、冤罪をかけられ、死にかけた。
なぜ俺がこんな目に合わなければならない。なぜ俺が死にかけなければならない。
そんな感情が煉の心を埋め尽くす。
「そうだ。その怒りは正当なものだ。自ら戒める必要なんてありはしない。そしてその感情はお前さんの力となる。――さあ、どうしたい?」
「……おれ、は……生きた、い……こんな……理不尽に、さら……されて……死ぬわけには、いかない!」
「生きてどうする? お前さんをこんな目に合わせた奴に復讐でもするか?」
「そんな……くだら、ないこと、はしない……。この理不尽を、招いた、のは……俺だ。俺は、自分自身、にも怒っている」
「ならば、どうする?」
「俺は、もう、繰り返さない! 俺の前で……理不尽に苛まれるのを、許さない。俺は、俺の全てで、全ての理不尽を、撥ねつけてみせる!!」
煉は血を吐きだしながらも、強い意志を持って言葉を紡ぐ。
煉の答えに満足した男はニヤリと笑う。
「よく言った! それでこそ俺が選んだ男だ。ならば、お前さんの怒りにふさわしい力を俺が与えよう。
――我が名はサタン! 神に仇なす七人の魔人の一人にして『憤怒』を司る大悪魔の力を受け継ぐ者! 今ここに契約を成し、我が身に宿る全ての力を継承する!
……さあ、名乗れ」
「阿玖仁……煉。俺の前で、起こる全ての……理不尽を許さない! 我が怒りを持って! 全て粉砕してみせる!!」
「ここに契約は成立した! 我が力存在魂の全てを煉に託す! 我が願いは一つ。世界の支配者を気取っている不遜なる神を――――――討ち滅ぼせ!!」
男――サタンがそう言うと、煉とサタンの下に紅の魔法陣が出現し、乱回転を始めた。
「煉。人間やめちまうことになるが、許してくれ」
「構わない……生きる……ためだ」
「……そうかい。じゃあ、あとは頼んだぜ。身体情報を組み替えるからかなりの激痛になるが、耐えろよ」
「……ハハッ。マジか……もっと……早く言って、ほしかった、な……」
「すまんすまん」
サタンは軽く頭を下げながらも、声を出して笑う。
「俺の人生に悔いはない。これでやっと終われる。後を任せちまうのが申し訳ないが、その相手が煉でよかったぜ」
「……そうか」
「ああ。……煉。一つ忠告しとくぜ」
「……あ?」
「――――呑まれるなよ」
そう言ってサタンは魔法陣に吸収された。
魔法陣から溢れ出た光が煉を包み、そして――――。
「っ!? ぅぐっ! ガァァァァァ――――!!!!!」
煉の絶叫が谷中に響き渡った。
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