第7話 狂気

 おそらく黒幕は勇者だとわかった。

 しかし、煉には勇者の恨みを買うようなことをした覚えはない。

 このような冤罪にかけられる理由が分からない。


「あの少女の言葉に覚えはあるか?」


 皇帝から声をかけられ煉は思考を切り替える。

 この場には煉の敵しかいない。

 到底冤罪を晴らせることができるとは思っていなかった。


「まったく。彼女を襲う理由も意味もない」

「何よそれ!」

「怜華に襲う価値がないとでも言いたいの!?」

「何様のつもりよ!」


 女子たちからの集中砲火。

 煉はあえて女子を煽るような言葉を口にした。

 もしかしたら決定的な何かを口にするかと思って。

 宰相がポケットから小さい水晶玉を取り出した。


「一応証拠も提出されているのだが、見るかね?」

「口頭で構わない。なんの証拠だ?」

「深夜、君が彼女の部屋に侵入するところを撮影した記録水晶だ。我々が確認して判断したが、君はそれを信用するのかな?」

「俺が何か言ってもあんたらはそれを信用しないだろ。なら、何を言っても無駄だ。……それでもこれだけは言わせてもらう。俺は何もしていない」


 強い意志を込めて言うが、周囲の貴族たちは嘲笑。

 生徒たちからはさらに非難の嵐。

 唯一、皇帝の表情だけが読めない。一体何を考えているか、煉はそれだけが不可解だった。


「そうか。余は其方の言葉を信じたいとは思う。しかし、これだけの騒ぎ、そして証拠もある。其方が何かしない限り罪に問われることは間違いないのだが、よいのか?」

「今さら何をしても無駄だろ。なら早くこの茶番を終わらせてくれ」

「……わかった。其方の処遇はこれから決める。それまでは部屋で軟禁ということにする。連れていけ」


 兵士に連れられ、煉は自分の部屋に押し込められた。

 その頃の煉はすでに何もかもが面倒だと思い、全ての感情を排除した。

 兵士たちは、その煉の様子に恐怖した――。



 ◇◇◇




 煉が連れられてから、玉座の間では煉の処罰について会議が行われた。


「かの者は国外追放でよいのでは?」

「確かに。極刑に値するほどの罪ではありませんからな」

「さすがに異世界の勇者を処刑したとあっては我が国の外聞が悪くなってしまいます」


 貴族たちの中では国外追放が妥当であるという意見が多い。

 生徒たちもそれに賛同している。

 彼らは平和な日本で暮らしていた。いくら悪いことをしたと言っても殺すのはどうかと思っている。


「私も彼らの意見に賛成です。ある程度の路銀を持たせ国外追放とするのが妥当かと」

「うむ。では、これにてアグニ・レンの処罰は――――」

「お待ちください!」


 皇帝の言葉を遮って天馬が声を上げる。

 その行動に貴族たちは顔を顰める。

 陛下のお言葉を遮るなど不敬だ、と言わんばかりに。


「勇者殿。それは陛下に対して不敬ですよ」

「申し訳ございません。ですが、僕の話を聞いてはいただけないでしょうか」

「勇者殿。もう決は」

「構わん。申せ」

「ありがとうございます。阿玖仁煉の刑についてですが……この国には他にも追放刑が存在すると先日学びました。僕はそちらの方がいいかと思います」


 天馬がそう言うと貴族たちはざわめきだした。

 天馬が言った刑は最上級の追放刑「谷落とし」。

「サタナエル・バレー」と呼ばれる谷に落とすものである。


「それは! 死刑よりも重い刑ですよ! この程度の罪でそこまでする必要はありません!」

「ちゃんと理由はあります。彼をただ国外追放にするともれなく江瑠間美香がそれについていってしまう可能性があります。可能性というよりほぼ確実に。あなた方としてはそれは望ましくはないでしょう?」

「た、確かにミカ殿がいなくなってしまっては……」

「だからといってそれは……」

「阿玖仁を谷落としにすることで、美香は残ります。そして犯罪者も消え一石二鳥と言えるでしょう。悪くないと思います。それに阿玖仁も俺たちと同じように勇者として召喚されました。今は突出した力がないとしても、今度何か力をつけて帝国の害となるやもしれません。それならば、今のうちに芽を摘んでおくのが、帝国のためです」


 天馬がそう言い切ると、周囲の貴族たちは一理あると少しだけ納得の表情を浮かべる。

 生徒たちは不安げに天馬を見ている。

 そこまでする必要はあるのかと、疑問を浮かべているものもいる。

 しかし、それを口にする度胸は彼らにはなかった。

 その分、彼らの中には天馬に対しての不信感が生まれた。


「…………其方が帝国の理を説くか」

「ええ、もちろん。僕は勇者ですから」

「……ふむ。よかろう。其方の意見も考慮し、明日裁定を告げる。この場はこれにて解散とする」


 皇帝がそう告げ、退席した。

 それに合わせ貴族や騎士たちも玉座の間を後にした。

 生徒たちは各々不安そうな顔をして各自部屋に戻っていった。

 ただ一人。



 天馬だけが歪んだ笑みを浮かべていた――――。






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