第5話 嵐の前の
煉たちが召喚されてから二週間。
その間、彼らは基本的に王宮で生活していた。
皇帝の計らいにより、王宮の離れにそれぞれ一人ずつ部屋を与えられ、何かあれば使用人たちが手配してくれていた。
至れり尽くせりである。
そして、皇帝の命により、個人に見合った教官が付けられこの世界の情勢について勉強したり、戦闘訓練を行ったりしていた。
時折、生徒たち全員まとめて訓練したりすることもあった。
今日がその日で、正午を回ってから王宮にある修練場に集まって訓練している最中である。
煉は隅っこで座り込んでいた。
「ふぅ……」
「サボりとは感心しないわね」
「適度な休憩は必要だろ。お前こそサボりじゃないのか?」
「私がサボるわけないでしょ。今は自主練と言ったところかしら。皇帝が私に付けた騎士ともいい勝負だしね」
「へぇへぇ。これだから天才は。なんで二週間かそこらで騎士といい勝負してんだよ。おかしいだろ」
「そんなこと言ったってできてしまうのだから、仕方ないでしょう。煉の方こそ、教官すら付けられなかったって言うのに私と同じくらいじゃない。あなたこそおかしいわ」
「俺は以前からの積み重ねがあるからな。そんなことより、どうだ? なんか変わったことはあるか?」
煉は自分でも言っていた通り、元の世界でそれなりに鍛えていた。
それこそ、美香といい勝負をした騎士と同じくらいの時間は。
違うのは命を懸けているかどうかのみ。
しかし、これからはそうなる場面が多くなるだろうと煉は考えている。
そのため、美香と顔を合わせるといつも同じ質問をしてしまう。
「毎日同じこと聞いて、飽きないわね。特にないわよ。しいて言うなら、またステータスが上がったくらいかしら」
「またか。やっぱりわからねぇな。魔獣を倒しているわけでもなく、人を殺したわけでもない。ただ手合わせしているだけで経験値がもらえたとしても、そこまでの成長率はないだろう。そこだけは疑問だな」
「そうかしら? 経験ていろいろ種類があると思うわ。例えば、知らないことを知るのも一つの経験よね。やったことのないことをしてみるのも同じ。なら、私たちはこれまでやったことのないことをしているし、知らなかったものに触れている。これは大きな経験と言えるのではない?」
「確かにそうだ。だが、あのステータスの表記がどうしても気になる。あんなゲームみたいなステータス表示にするのなら、経験値の欄も必要だし、その経験値は魔獣を倒したりすることで増えるようにするはず。それもないのにどうやって経験値を計算しているんだ」
煉はステータスには何か意味があるのではないかと思っている。
だが、その答えには至っていない。未だ疑問のまま、煉の中で燻っている。
「なあ、ステータス見せてくれよ」
「いいわよ、見られて困るものでもないし。煉なら特に」
美香は小さく「ステータス」と呟いて煉に見せた。
美香はその類まれなる才能をフル活用し、自分にとって便利なものを生み出している。
魔法しかり、生活用品しかり。煉はその美香の恩恵に与っている。
NAME 江瑠間 美香
JOB 天才
SKILL オールラウンダー
HP 15000
PW 9800
DF 8500
SP 9000
MP 10300
「相変わらずだな。というか数値がおかしいだろ」
「知らないわよ。比較対象が少ないんだから」
「たしか勇者が……五千くらいだったか? あいつは数値全部一緒だからわかりやすい。そして美香のは勇者の倍くらいってことか。異常だな」
煉はハハッと乾いた笑い声を出した。
「そうは言っても、私よりすごい人はいっぱいいるそうよ。例えば、SSランクの冒険者とか」
「そりゃ、冒険者は数々の死線を潜り抜けているんだからな。強いに決まってるさ」
二週間で二人はそれなりに情報を集めた。
その中で冒険者という職業の人たちがいることを知った。
煉と美香は、もし王宮を出ることが出来たら二人で冒険者になろうと約束を交わした。
物事に対した興味を持たない二人が同じように目を輝かせてなりたいと思うほど、冒険者に魅力を感じていた。
「私のを見たんだから、今度は煉のを見せなさいよ」
「おれの見たって面白くないぞ」
「いいから」
ため息を吐いて、煉も「ステータス」と呟いて美香に見せた。
これも美香から教えてもらったのだ。
NAME 阿玖仁 煉
JOB
SKILL 火魔法(初)格闘術 刀術(全)身体強化(全)アイテムボックス 言語理解
HP error
PW error
DF error
SP error
MP error
「相変わらずのエラーね。しかもジョブなし。一体どうなっているの?」
「おれが知りたいくらいだ。ジョブなしだといろいろと面倒なんだよな」
「何かあったの?」
「ああ。別に大したことはないけどな。心配するな」
美香が不安そうに見つめていたので、煉は笑ってごまかした。
美香に心配をさせないようにするために。
それから二人は他愛のない話を訓練が終わるまで続けていた。
そんな二人の様子を、訓練中の生徒たちの中から見つめる視線が。
その目は、以前よりも狂気を増していた。
その後、少し経ってから煉の身に悲劇が舞い込んできた……。
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