第1話 異世界召喚

 あれはそう、二週間前のこと。

 煉はいつものように学校で授業を受けていた。


 五時限目、担任の国語の授業。

 昼飯を食べ、生徒のほとんどが睡魔と格闘する時間帯。

 煉も例外ではなかった。

 目に眠気を湛え、窓際の席からぼーっと外を眺めていた。


 ――――しかし、日常は一瞬にして崩れ去った。


 煉のいた教室の床に奇妙な円が出現した。

 見たことのない文字の羅列、いきなり起こった現象に生徒たちはパニックに陥った。

 落ち着けと声をかける担任の言葉は生徒たちの耳には届かず、奇妙な円は乱回転を始めた。

 回転が速くなるにつれ円は強い光を放つ。

 教室全体が眩い光に包まれた。幸い光はすぐに収まった。

 だが。


 ――教室にいた生徒たちの姿はなかった。



 ◇◇◇




「…………よし! 成功だ!」

「これで我が国は安泰だ」

「魔王など遅るるに足らず」

「魔導士諸君、ご苦労であった」


 光がなくなり、生徒たちは声に反応し恐る恐る目を開いた。

 そこは見慣れた教室ではなく、煌びやかな部屋。

 周囲には見たことのない豪華な服を着た大勢の大人と、生徒たちを囲む杖を持った人たち。

 足元には教室で見たのと同じ円。

 ほとんどの生徒は状況を理解することができなかった。


「な、なんだよここ」

「俺たち……教室で授業受けてたよな?」

「何だったの、さっきの光」


 戸惑いの声があがる。

 生徒たちは皆不安と恐怖を感じていた。

 同じ教室にいたはずの担任の姿がないことも、不安を助長させていた。


「…………もしかして、異世界召喚てやつか、これ」


 そんな中、一人だけ可能性に思い当たったものがいた。

 綺羅阪天馬きらさかてんま。学年一のイケメンでバスケ部のエース。成績も優秀、文武両道を地で行く人気者。意外にもオタク趣味に精通し、誰とでも気さくに話すため、学校では金色に染めた髪と名前にちなんで「綺羅星の王子」と呼ばれている。


「…………い、異世界って、そんなことあるわけないだろ」

「……天馬の冗談は相変わらずだなぁ」

「て、天馬君たら、こんな時でも場を和ませなくても……」


「いやいや、冗談じゃないって。さすがにこんなのそうじゃなかったらおかしいじゃないか。みんな一緒の夢でも見てるっていうのか? それこそ荒唐無稽な話だろ。だ、大丈夫だ。ここが異世界だって言うなら、召喚された俺たちは何かすごい力を持っているかもしれない。それが異世界小説の定石だ。それにみんな一緒なんだ。だから、大丈夫だ!」


 何とか全員に現実を受け入れさせ、励ます天馬。

 そう話す笑顔はまさに王子そのもの。


「そ、そうだよな」

「みんな一緒なら何とかなるよな」

「それに天馬君がいるんだから、大丈夫よね」

「そうよ、そうよ」


 生徒たちの目から不安が消えた。

 それを端から冷めた目で煉は見ていた。


(能天気なやつらだな。羨ましい限りだ)


 そんな煉に寄り添う一人の少女――江瑠間美香えるまみか

 煉の幼馴染で子供の頃から一緒にいた天才少女。

 何をさせても簡単にこなしてしまうため、いつも退屈そうにしている。

 煉といるとき以外あまり笑った顔を見せないクールな姿から「薔薇の氷姫こおりひめ」と呼ばれている。

 何故薔薇なのか、誰も知らない。

 そんな美香は煉に小声で声をかけた


「ねぇ、煉。どう思う?」

「どうって……あいつの言う通りだろ。ここは異世界。でなけりゃ説明つかないぞ」

「そんな当たり前のこと私が聞くわけないでしょ。どうして私たちなのかってことよ」

「そんなの俺がわかるわけ。知りたいならまずはあのおっさんらに話を聞かないとな」

「確かに、そうね」


 普段見せない楽しそうな美香の微笑に煉も驚きを隠せないでいる。

 その美香の姿に煉も不思議と笑みがこぼれた。

 そんな二人の様子を忌々し気に見つめる視線に、二人は気づかない。


「――どうやら落ち着かれたようだな。混乱するのもわかるが、今は我々の話を聞いてもらいたい。良いだろうか?」

「構いませんが、失礼ですがあなた方は……?」

「では、まずは名乗ろう。余はマルドゥク神帝国第十七代皇帝ハダッド・エル・ド・マルドゥクである」







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