叛逆の大罪魔法士
あげは
大罪継承編
プロローグ
――サタナエル・バレー
大昔、神と人が共に在った時代。
一人の魔人が神に反抗し、一人で何柱もの神と争った。
その戦場の跡地。それが「サタナエル・バレー」である。
大陸の三分の一を分かつほど大きく深い谷。
底に近づくにつれ、空気中に漂う魔力は濃くなり、強力な魔物が闊歩する。
普通の人間が迷い込んで生きて戻ったものはいない。
危険な地である。
現在、その谷の前にて一人の少年が立っていた。
両手を拘束され、二人の兵士に槍を突き付けられている。
黒髪黒目に左耳にピアス、右目の下には幾何学的な模様の刺青。
少し整った女子受けの良さそうな顔だが、薄汚れた高校の制服を身にまとっていた。
その少年――
付き添っている兵士たちも不気味に思い、早くこの仕事を終わらせたいとだけ考えていた。
その彼らの後ろには数十の人影があった。
そのうちの数人は身なりの良い格好をしており、明らかに高位貴族だとわかる。
それ以外は煉と同じ制服を着ていた。
「――これより、大罪人である元勇者阿玖仁煉の処刑を執行する。最大級追放刑――谷落とし」
煉の顔にある幾何学模様は、この国の罪人に付けられるものだった。
そしてこの国における死刑よりも重い刑である谷落とし。
生還者のいない谷に突き落とすことでより深い絶望を与える最悪の処刑法。
それを受ける当の本人は感情を閉ざしているため、何を考えているのかわからない。
「最後の情けである。罪人よ、何か言い残すことはあるか?」
見守る人の中で最も豪奢な服を纏った男――皇帝が言う。
彼は賢帝として名を馳せている。
その皇帝は今回の一連の出来事が全て冤罪だと理解している。
その上で煉に刑を執行している。
彼の考えは、勇者たちの心の平穏を保つという目的の下、一人の勇者の犠牲を許容することとした。
全ては国の安寧のために。
「貴様! 陛下よりの直々のお情けであるぞ。感涙に咽び、遺言の残すのが貴様の最後の役目だ」
兵士の一人が煉の首に槍を突き立てる。
するとようやく煉は口を開いた。
「――――――――ない」
「……は?」
それ以降煉は口を開かなかった。
その声は後方にいたもの全てに届き、同じ制服を着た少年たちが声を荒げた。
「はっ。カッコつけやがって」
「その状況で何言ったってカッコなんかつくかよ」
「それな。むしろ何か言ってくれりゃ笑い飛ばしてやったっていうのによっ」
「ほんとそれ。マジでつまんねーやつ」
そういう少年たちは、つまんねー、と言い合って笑っている。
それとは逆に制服を着た少女たち。
彼女らは煉に対して嫌悪感の籠った視線を向けている。
なんでもいいから早く視界から消えてほしいと言わんばかりに。
――その時煉が一度だけ振り返った。
煉の視線を受けた少年たちは硬直した。
煉の目から何も感じられなかった。
怒りも悲しみも。そこにあるのは圧倒的な虚無感のみ。
初めてみる目に彼らは恐怖した。
冷汗をかき、誰もが一歩後ずさりした。
「お、王様。は、早くあいつの刑を、お願いします」
「……うむ、良かろう。では罪人よ。地の底にて悔い改めるがいい」
皇帝の言葉によって兵士たちは煉を谷の入り口まで進ませる。
後は押すだけ。
だが。
「なっ!?」
――煉は自分から谷に向かって飛んだ。
その場にいる誰もが驚愕の表情を浮かべた。
自分から谷に落ちる罪人など見たことがなかった。
だが、これで煉の刑は実行された。
彼らは何も言わず、その場を去った。
◇◇◇
煉は落下しながら思った。
どうしてこうなったのだろう、と――。
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