いつか君のために ①
晴れて中学に入学した僕らはほとんど小学生と変わらない日常を過ごしていた。
精神年齢も変わらず、土日に遊ぶ友人たちの顔ぶれに変化もなく、学ランを来ただけの小学7年生といった気分だった。
もちろん、変わったことはたくさんある。
制服は黒一色の学ランになり、予算削減なのか子供は風の子というのがまだ根付いていたのか半ズボンより短い制服は、長ズボンになった。動きにくさを感じることもあるが、その動きにくさはもう子供じゃないという戒めだったのかもしれない。
授業時間も長くなり、当たり前のように六時間目があって帰るのもだいたい夕方だった。
部活動生徒はもっと遅くなる。それは今までと変わらずとも、部活のせいで放課後に遊ぶなんてことも簡単にできず、家に一度かえって遊ぶというより学生服のままで放課後を過ごすことが当たり前になった。
1年生としてヒエラルキーも最下位になり、昼休みは3年の先輩たちから許しが出ない限り校庭を使用することもできず、僕らの遊び場は常に校舎内だった。
子供のまま大人になることを強制された僕らに中学生としての自覚はなかった。
そもそも誰も自覚を丁寧に教えてくれる人はいなかった。
他校から合流した生徒たちも、全員ではないが仲良くなれた。子供だからこそ、この垣根のない付き合いができるんだろう。
唯一垣根があるとすれば、本土から引っ越してきた雪乃くらいだろう。
春休み中に、何度か遊び帰りにすれ違い、話をすることも増えた。
相変わらず彼女の一方的なマシンガントークと質問攻めだったが、無理強いすることなく僕の答えをちゃんと待ってくれる。
彼女は質問攻めした後、テンパる僕を見て楽しそうに笑っていた。
少し意地悪なところもあるが、僕の知っている女子たちとは違い親しみやすい彼女を僕はもう友人として見ていた。
入学して残念だったのは彼女とは別のクラスになってしまったことだろうか。
なじめているか心配になり、何度か彼女の様子を見に行ったことがある。その度同級生たちに茶化されたが、思った以上になじめているように見えた。
ただ僕が知っている彼女と、学校にいる彼女ではどうしてもキャラクターが違っていたのが腑に落ちなかった。
きっと彼女なりの周りへの溶け込み方なのだろう。帰り道でも僕は彼女にそのことを触れないようにしていた。
彼女の容姿はやはり同級生の中でも飛びぬけており、入学して1か月が経つ頃には彼女に好意を寄せる友人たちが多数いた。
そして直接話しかけられない彼らは、一番仲がいいとされている僕に、交際しているか確認と彼女の情報をねだるというのが、習慣化していた。
「よっ、男子から人気のある美人さん!」
重たい鞄を背負わず、手で持ちながらダラダラ歩くその後ろ姿に声をかけた。
学校では見せないなうざったそうな顔をこちらに向け、中指を立てて振り返る彼女。
不快そうな顔をキープしようとしても口元が笑っており、あべこべな表情になってしまっていて、思わず笑ってしまった。
そんな僕に鞄を投げつけ、荷物の運搬を強制する。
「何笑ってんのよ、馬鹿!もー重たいんだからそのかばん家まで持って帰ってね!」
ようやく猫かぶりを解き、いつものように笑う彼女の鞄を持ち、二人で海沿いの帰り道を歩く。
部活に入っていない雪乃と、バレー部に所属する僕が帰り道に出会うのもなかなか珍しい。
部活の帰りか聞く彼女に僕は部活で起きたことを話すが、どれも興味がないらしい。
「そういえば、雪乃は部活に入らないの?」
「んー、興味ないかな」
スポーツは好きな方だと言っていたが、うちの学校の部活は選択肢が少なく興味が失せてしまったらしい。
女子が入れる部活はバレー部、ソフトテニス部、吹奏楽部の3つ。
全生徒で120名もいない学校にしては頑張っている方だと思うが、元々バスケをやっていた彼女としてはどれも好みではないらしい。
「それにしても、この時間に会うなんて珍しいよな。どっかで遊んでた?」
素朴な僕の疑問を一刀両断する。
「ばーか。あんたがいつもやってる鬼ごっこやってたんじゃないのよ。乙女だって色々あるんだからね」
乙女ねえ、と言い雪乃を見ると、ニコリと笑い肩にパンチを放った。
想像以上に腰の入った彼女のパンチは痛かった。
「仲がよさそうだねえ」
僕らのじゃれあいを後ろから見ていたのだろう。
老人とは思えない軽快さで、僕らの隣に並んだのはいつも飴をくれるおばあさんだった。
「あ、こんにちは!」
僕の挨拶に笑顔で返し、いつものように飴をくれる。
「ほらお嬢ちゃんと一緒にみしょりなさい」
いつもとは違う飴を僕に渡し、健脚でどんどん離れていくおばあさんを見送る。
「え?なんて言ってたの?」
後ろで会釈していた雪乃は、突然の方言に戸惑いつつ聞いてくる。
「ああ、みしょれってのは食べなさいってことだよ。はい、おいしくないけどあげる」
「最悪の感想を先に言ってから渡すのってどうなのよ・・・」
ため息をつく彼女は僕から、飴玉を受け取り食べ始めた。
今日は黒糖飴。地元で名産の黒砂糖を使った名産品だ。口の中に甘ったるさが広がる。
「本当においしくないじゃん・・・」
今にも飴を吐き出しそうな彼女をなだめ、僕らはまた歩き出した。
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