彼女と僕 ②

卒業した小学校から一番遠いのは僕の家は、歩くだけで1時間くらいかかる。

先ほどヤマと別れてからすでに20分くらい経過している。

あと20分くらいだろうか。

海辺から少し離れ、山を削った道を通り抜け、再び海べの道に戻ってようやく僕の家が見える。

僕の家は見えるが500mほど離れた先で、山に隠れた家の屋根が見えるか見えないかといったところだ。


僕の横を何度か自転車が通り過ぎた。

その自転車をこぐ学生服の人たちは、2週間くらいで僕が入学する予定の中学の制服をつけた人たちだった。

他の集落から町内に2つしかない中学校に通うために、その足で雨の日も自転車をこいでいる。

遠いところは山を二つ超えるというのだから驚きだ。

電車はないし、バスもうまく機能していない僕の町では、自転車通学が一般的で、ヘルメットをかぶって通り過ぎる先輩たちを見送りながら歩き続けた。


ようやく最後の海沿いの道に出たとき、少し先を女の子が歩いていることに気が付いた。

女の子という判断をしたのは、海風に舞う髪が長かったからだ。


歩くスピードはおばあさんより遅く、顔がわかる距離まで近づくのに時間はかからなかった。

胸ぐらいまで伸びた髪にキャップをかぶっている。白いTシャツは大きめで彼女の履いている短いスカートがギリギリ見えるくらいだった。


きっと旅行に来た人なんだろう。

こんなにおしゃれだと思わせる格好をする女の子は周りにいない。

動きやすさ重視で、良くてもショートパンツに少しよれたTシャツというのが、僕が知る同い年の女の子の格好だった。

それに肌も真っ白だ。こんな島ではその美白は目立つ。

みんな地黒というわけではないが、だいたい健康的な妬けた肌をしている。

それなのに彼女はまるで、外に出たことがないかのように白い肌をしていた。


身長は高くはない。きっと僕と同い年くらいか僕より少し年下と言ったところだろうか。

でも、その夕日に照らされた顔立ちは、大人びて見えた。

目鼻立ちはしっかりしていて、黒目が大きい。

少し垂れ目で、小動物のようにも見えるがテレビで見る女優のような雰囲気だった。


「うわ、びっくりした!」


急にこちらを向き、僕という存在に彼女は驚いた。その声に僕もびっくりして硬直してしまう。

彼女の容姿に見とれ思ったより近づいていたようだ。

さっきまで数メートルあった距離は、2mもなかった。


「あ、ご、ごめん」


警戒する彼女だが、僕が背負っているものを見て小学生だということを理解したようで、ゆっくりと警戒度を下げていった。


「もう、驚かせないでよ・・・。君この辺の子なの?」


「う、うん。あっちが家」


僕が指さす方向を見つめる彼女。んー?と数回唸り、ようやく僕の家の屋根を確認できたようだ。


「なんだ、ご近所さんなのね。私、葛西雪乃。よろしくね」


「ぼ、僕は水原春水です!」


思わず大きな声で自己紹介する僕を涙が出るほど笑い、彼女はゆっくり手を差し出した。

初対面の人物が思ったより友好的で戸惑いつつも、僕は細い指に軽く触れるように握手した。


僕にいくつか質問して、納得した彼女は自分の事を話し始めた。

彼女は内地、本土の方から引っ越してきた同い年の女の子だと教えてくれた。

もう少し早く引っ越す予定だったが、卒業式の関係もあり、中学校の入学から合流することにしたという経緯を説明する彼女に僕はただ頷いていた。


物珍しさで隣を歩く彼女の顔をまじまじと見てしまう。

転校生なんてこの島ではお目にかかれないイベントだと思っていたのに、まさか漫画のようなことが起きるだなんて。


「なに?なんかついてる?」


僕の視線を勘違いして受け取る彼女。

先ほどまでの大人びた横顔はどこに行ったのか、年相応のかわいらしい女の子になっていた。

背の低い彼女に歩幅を合わせて、色んな話を聞かせてもらった。

というより、まるで一度発射すると弾が尽きるまで打ち続けるマシンガンのように、時折僕に質問しながら彼女はしゃべり続けた。


この町の事や彼女が住んでいた町のこと。

コンビニがないことへの驚きと、スーパーが20時で閉まりその後買い物をできる場所がないという事実への落胆。

自然のきれいさ。特にこの海が気に入ったらしいこと。


新しい環境になる不安よりも、小学校の時に中学生と争いになったことがある僕の先輩に対する恐怖は、彼女のマシンガントークでどんどん削られていった。

小さい体から発せられる言葉の波に圧倒され、彼女がその小さな歩みを止めるころには、僕は彼女と過ごす中学生活を楽しみに思えていた。


「私、ここがお家だから。またね、ハル」


「あ、うん。またね!」


手を振り、去っていく彼女に手を振り返す。

知らない人しかいないであろう彼女にとって、新生活は希望に満ちたものだった。

それに比べて僕はなんと小さな人間だったのだろうか。

これではなんにでもなれるなんて大きなことを言える人物ではない。


新生活を楽しもう。新しい環境だって、きっと楽しいことばかりではないかもしれないが、きっと今までにない出会いだってあるはずだ。

今日がそうだったように。


残り100mもない帰り道、僕の足取りは軽く、2週間後の未来に胸を躍らせた。

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