第5話3 私たち以外のものは、すべて邪魔

「は……?」


 もはや何度目かというほどに予想外の答え。しかし何度も毎回、正人は驚かされた。


(世界……?)


 まるで旧世界を滅ぼして新世界を創ろうとする、どこぞのゲームのラスボスのようなセリフを言い出した。


 不思議そうな顔を浮かべた正人に、翠華は丁寧に補足する。


「えっとね、私と正くんで、いっぱい赤ちゃん作って……それで、この世界をもう一度、最初から始める。二人のための世界を創っていくの。それが……私の〝したいこと〟」


「二人のため……?」


 まるで、どこぞの創世神話だ。


「うん……。今この世界は、私と正くんの二人だけ。正くんだけが残るように、私が〝力〟を使ったから」


 一つ、違和感が解けた。

 彼女は最初にここで自分を見つけたとき、〝捜した〟と言っていたのだ。つまり最初から人類すべてが消えたはずのこの世界に、正人だけは存在することを知っていた。


 〝存在制御バグ〟は消せる対象を選べる一方で、〝残す〟対象も選べるのかもしれない。

 正人はバグの影響を受けないが、翠華はそんなことを知らないはずだ。皆元だって自分以外に〝バグ持ち〟がいることを知らなかったように。


 正人が〝改変無効バグ〟のおかげで消えずに残ったのと、あえて選ばれて残されたのとでは全然違う。起こった結果は同じであれど、後者には明確な意思が存在するからだ。


 要するに、翠華は〝自分と正人しかいない世界〟を狙って創った。


「正くんは、パートナーに私しか選べない。だって、他にいないから」


 その言葉に、正人は寒気を覚えた。


「お前……」


 彼女は自分が何を言っているのか、理解しているのだろうか。


「大丈夫、がんばるから、私。いっぱい毎日愛し合って、たくさんたくさん産むよ? モデルさんみたいないい体はしてないけど……正くんのしたいこと、気持ちいいと思うこと、全部好きなだけ私にしていい」


「……本気で言ってるのか?」


 正人の質問に対し、恐らくは正しく意図が伝わらなかったのだろう、恥ずかしそうに照れてみせた。


「うん……初めてだけど、正くんなら……」


「そうじゃない。本気で、この世界を二人だけで生きていくつもりなのか?」


 その質問に、さっきまでの照れ顔は消え失せた。


「……本気。この世界は、私と正くんだけでいい。正くんさえいてくれたら、他は何もいらない。どうでもいい。むしろ……私たち以外のものは、すべて邪魔」


 それは人類を元に戻す気がない宣言に等しかった。

 そして紛れもない彼女の本音、心からの言葉だった。


「翠華……」


 やっと、正人は今の彼女のことが少しわかった気がした。

 翠華は、この世界に一切価値を見出してないのだ。希望も抱いていないのだ。

 この世界にいる人も、景色も、文化も、生活も、何もかも。


 まるで、紙鳴先生と真逆だった。この世界にあふれるすべてに憧れの目を向ける彼女と。

 目の前の世界の見え方は、人によって違う。

 翠華にとって視界にあるのは、正人ただ一人だけだった。


 そう、最初から彼女の行動基準は、正人。

 それ以外何もない。何も必要ない。むしろなくなってもいい存在。


 世界のすべてが、正人だけで構成されており、それ以外は滅びようが栄えようが興味がない。ただ正人と自分の未来のために、必要であれば栄えることを願うし、あるいは今のように一度すべての人類を消して滅ぼそうとすら考える。正人以外の世界はノイズ、あるいは気に食わないバグでしかなかった。


「ねえ、正くん。私と正くん、それと私たちの子供たちだけで、新しい世界を創ろう?」


 そう言って、まるで女神のように手を差し出した。


「……俺のこと、好きなのか?」


 ここまで求められたら、わざわざ訊かなくてもわかる。しかし言葉で聞いておきたかった。


「……うん、大好き。ずっと前から、私にとって正くんは幼馴染で、一つ上のお兄さんで、一人の男の子だった」


「そうか……」


 相思相愛。本来なら、とても嬉しいことなのに、正人は素直に喜べなかった。この状況で彼女の想いを知りたくはなかった。


「……」


 正人はその場に佇み、彼女に近づこうとはせず、その手を取ろうとしない。その意思を察した翠華は、それでも何かの間違いだと思い、自ら歩み、彼のほうへと近づいていった。その手をそのままいつでも掴めるように差し出しながら。


 だが、それでも、正人は掴まない。動かない。

 目の前に翠華が立ち止まり、自身の手を伸ばせばすぐに掴める距離でも。


「……どうして?」


 手を掴む気のない想い人に、女神の表情が不安に歪んだ。


「俺は翠華の今の想いには応えられない。俺は……他にも人がいた今までの世界がいい」


「う、嘘……」


 明確な拒絶。


 それは、翠華のことが嫌いになったからではない。愛しているからこそ、そしてたとえ歪んでいても愛されているとわかったからこそ、今の彼女を受け入れられなかったのだ。


 たとえ消された側にその自覚や苦しみがなくても、彼女は正人以外のすべての人類の想いや人生を奪った。そのことを知っているのが人間では自分だけだとしても、彼女にそんな業を背負ったままこれから生きていくなんてことしてほしくなかった。何よりそもそも〝最初から背負う必要なんてない〟ことなのだ。


(ま、俺のせいだよな……)


 一方で彼女には、〝拒絶〟の事実以外は何も伝わらなかった。愛する男からの拒絶。自分にとって世界のすべてである男からの拒絶。その衝撃以外、感じられなかったのだ。


「ダメ、それはダメ、正くん……この世界には私しかいない。私を選ぶしかない……!」


 正人の拒絶の言葉を、冗談だと笑い飛ばすように顔を綻ばせる。冗談だということにしたくて、無理やり笑おうとする。しかし瞳は恐怖と不安で塗りつぶされていた。


「もう一度言う。俺は今の翠華には応えられない。お前のやったことは、たとえ誰かを苦しめたものじゃなく、その意思一つですぐ元に戻るものだとしても、とても身勝手でやっちゃいけないことだ。だから、今の翠華を……俺は選びたくない」


 再びの拒絶の言葉に、その作られた笑顔も、恐怖の歪みへと崩壊しそうになる。


「な、何言ってるの……? そんなこと言っても……わ、私には、力があるのに」


「お前……」


「世界中から人々を消す力が、私にはある。正くんだって……で、できるんだから」


 それは言外に、自分の希望を聞き入れなければ、他の人々と同じように消してやるという脅しを含んでいた。


(そこまでしてでも、お前は俺を……)


 自分だけのものにしたいのか。


「自分の思い通りにならないものは、俺でも消すのか?」


「……!」


 自分で同じような意味合いの言葉を口にした癖に、同じことを直球で返されると怯えて顔を歪ませる。


 これで正人は確信した。


(本気じゃ、ないか……)


 そうわかって、少し安心する。その揺らぐ瞳には、正人を消す覚悟なんて微塵もない。それどころか、それは彼女自身が一番望んでいないことなのだ。


「お、お願い! 私と……私と、この世界で生きて!」


 なおも、彼女はすがる。正人を求めて。


(翠華……)


「じゃないと、私……正くんを本当に消しちゃ――」


 ――パンッ!


 静かな町中に、一つの音が響いた。

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