第4話6 一人じゃ、なかった……

「キミは……大友さん?」


 正人が振り返ると、そこに立っていたのは、元翠華のクラスメイトである大友さんだった。

 先生も彼女を認めて、しかしなぜか目つきを鋭くさせる。


「てめぇは……」


 直後、正人はふと気づく。どこかまとっている雰囲気が前に会った彼女とは、まったく違っていることに。あの親しみやすい感じはなく、どこか氷のように冷たくトゲトゲとしており、さっきの敬語口調も礼儀正しいというより、事務的といったほうが正しい印象だった。特にそのキリッとした目つきは、外見はどこまでも大友さんでありながら、別人のように思わせる。


「いや、キミは誰だ?」


 気づけば正人は、そんな問いを口走っていた。


「……いい理解だ。コイツは、オレの〝同僚〟だぜ」


 紙鳴先生が代わりに答える。


「同僚……? ってことは……」


「貴方が紙鳴ミカの報告にあった人間、赤土正人ですね。私は――そうですね、彼女の使うたとえで表現しますと、〝デベロッパー〟という集団の一味ということになります」


 と、感情の起伏が少なく、抑揚のない声で大友さん(?)は自身の正体を明かした。あまり表情を変化させず、淡々と事務的に話すその口調は、本当に機械的な、あるいは人形的な印象を受ける。


(〝デベロッパー〟ということは……見た目は似てるけど、大友さんとは別人?)


 しかしここまでそっくりなのを、偶然と捨て去るには無理があるように思えた。


「とはいえ」


 彼女は話を続ける。


「あくまでそれは〝今の〟私にだけ言えること。この肉体には私と本来の持ち主の、二つの意思が存在します」


「〝二つの意思〟……?」


「イエス。貴方が先日お会いしていた〝大友さん〟なる方は、この肉体の本来の持ち主です」


「本来の持ち主って……」


 続きを紙鳴先生が拾った。


「まあ、簡単に言うと、後付けの別人格みたいなもんだな。この世界に降り立つとき、オレと違って肉体を作る手間を省いたんだ。すでに存在するNPCを適当に選んで、その肉体に取り憑いたってわけよ。現在は元々の人格と、〝同居〟状態にあるって感じだな」


「私は……〝大友ミカ〟と名乗りましょう」


「あ、ああ……」


 紙鳴先生も下の名前は〝ミカ〟だが、〝デベロッパー〟たちはそのあたり統一して名乗っているのだろうか。


「ってことは、元の大友さんのほうも、この世界の成り立ちとか知ってるのか?」


 そのわりには前に話したときは、翠華の存在をすっかり忘れているようだった。あれがもし演技だったなら、とんでもない女優である。


 だが、大友ミカは首を横に振り、その可能性を否定した。


「ノー。この肉体の持ち主は世界の成り立ちどころか、〝私〟の存在さえ認識していません。〝デベロッパー〟とはまったくの無関係になります。したがって赤土正人には、持ち主に対し、この件の秘匿を要求します」


「あ、ああ、わかった」


 少しほっとした。あの礼儀正しく親しげな雰囲気がすべて演技だったら、人間不信になりそうだ。


「基本、私は活動を本来の人格に任せて、奥でじっとしています。プライオリティの高いタスクが発生した場合のみ、こうして表に出てきます。表に出ている間は、本来の人格は眠り、その間の記憶は残りません」


「コイツはオレと違って、仕事以外でこの世界を堪能するとか、そんな気はさらさらないからな。必要なときだけ動けりゃいいってヤツは、こういうスタイルでいることが多いんだ」


 と先生が補足する。


「むしろ、貴方は無駄が多すぎます」


「その無駄がいいのに、わかってねぇなあ」


 と呆れたように、先生は肩をすくめた。馴れ馴れしく接していることから、案外仲がいいのかもしれない。


「つか、意外だったぜ。てめぇらがすでに知り合ってたなんてな。何か意図があってのことか?」


「まさか。元の持ち主のほうが、偶然知り合っていたようです」


「マジかよ! 意図せず出会ってるなんて……特殊な〝改変無効バグ〟と言い、珍しいことばっか起こしやがるな!」


 と、紙鳴先生は楽しそうに言う。


「で、何の用だ? 必要なとき以外、オレらの接触は避けるように言われてただろ?」


 先生は面倒くさそうに頭をポリポリと掻きながら、大友ミカに向いた。


「当然必要だから、こうして接触しました。貴方、また〝上〟から呼び出しを受けていたでしょう?」


 途端、頭を掻いていた手が止まる。


「え……? 今日だっけ?」


 予想外の情報を耳にした、と言わんばかりの動揺顔だった。


「ええ、今日です」


「うわ~……忘れてた……」


 どうやら大事な仕事上の用事を忘れていたらしい。彼女らしいといえばらしいと思った。


「〝一応やることやってる〟ねえ……」


 さっき遊んでばっかと正人に指摘されて、彼女が返した言葉である。


「う、うっせ! たまには忘れることくらいあるだろ……」


「〝たまには〟……? こういう呼び出しで、ちゃんと素直に時間通りに応じたのは、数えるほどだったと記憶しております。何度注意しても、貴方は改善しません。そもそも呼び出し理由の大半が、〝個人的な趣味趣向を優先しすぎるせいで、任務が疎かになっているから〟なのは感心できません」


 と、大友ミカから容赦のない追い打ちを食らわされるのであった。


「うぐ……」


 本当は遊んでばっかなのを何度も咎められているのだろう、と正人は思った。実のところ上から文句を言われていないのではなく、言われているが意に介していないだけなのかもしれない。


「ったく、せっかくこれからもっと遊ぼうってときに……」


 と文句を言いつつも、その呼び出しとやらには応じる姿勢のようだ。


「つーわけで、突然のキャンセルでわりぃな」


「別に気にしてねーよ。早く行ったほうがいいんじゃないか?」


 そう正人が言うと、はぁ、と紙鳴先生は嫌そうにため息をつく。すでに呼び出し元を怒らせているのだから、無理もない。


「まあ、引き続き〝バグ持ち〟の件、頼んだぜ」


「それでは失礼します、赤土正人。この肉体の持ち主とは、引き続き友好関係を続けていただければと思います」


 大友ミカは肉体の本来の持ち主である人格を、気遣うような物言いをした。ひょっとすると、別人格が〝デベロッパー〟であることを知って、自分が〝大友さん〟とも距離を置くと考えたのかもしれない。

まあ、単純に変に不審に思われて詮索されたりするより、これまで通り振る舞って面倒ごとを避けるほうがいいってことなのかもしれないが。


 でもあえて、気遣ったという解釈を正人は信じたい。淡々と事務的で冷たい雰囲気をまとっているが、わざわざ先生を迎えに来たのもあって、根は案外優しい子なのかもしれないと思った。


 かくして紙鳴先生と大友ミカは、ともに人混みの中へと消えていく。見えなくなるまで見届けた正人は、そのままその足で伊武家へと向かった。



     ×    ×    ×



「えっと、鍵はっと……」


 到着するなり、正人はポケットから鍵を取り出して伊武家の中に入った。昨日もそうだったが、休日だというのに彼女の両親は不在。仕事でいないのか、それともどこか個人的な事情で出かけているのかはわからない。ただ一つの事実として、今日も彼女は独りぼっちで自分の部屋にいる。


「翠華、起きているか?」


 ノックをしたのち、部屋の中に呼びかける。すると嬉しそうな少女の声が返ってきた。


「あ、正くん……! うん、起きてる。入っていい」


 部屋主の許しを得て、正人はドアを開ける。以前のような着替え中の突入にならないよう、確実に大丈夫かどうか、より一層確認するようになっていた。


 中に入ると、パジャマ姿の翠華が迎える。今日は起きていたようだ。


 そして、いつものように、


「いらっしゃい、正くん」


 と言いながら当たり前のように抱きついてきた。


「い、いきなりだな……」


「いつもどおりじゃない?」


「ああ、そうだけど……」


 はてなマークを頭に浮かべて、不思議そうに首を傾げる翠華に、正人はどう答えていいかとりあえず目を逸らす。


 そう、いつもどおりなわけだが、やはり気恥ずかしい。


「なんか、カレー? のにおいがする」


「今日、昼にナン食べてきたんだ。カレーと一緒に食べるやつ」


「ナン?」


「まあ、インドとかにある平べったいパンだな。気になるなら、消臭するか?」


「ううん、いい。それごと〝くんくん〟する」


 そのまま背中に腕を回すと、強く彼女は正人にしがみついた。そして呼吸ができているのかと疑問に思うくらい、こすりつけるように胸元に顔面を沈める。客観的に見ると、どう考えても〝自分たちは幼馴染です〟なんて説明は通じないだろう。


「すぅー……はぁ……」


 かくして今日も、彼女の〝儀式〟が始まった。



     ×    ×    ×



 それからいつものように一緒の時間を過ごし、別れの時間がやってきた。夕飯も食べ終え、時刻は午後七時半を超えた頃。正人は靴を履いて、伊武家の玄関にいた。


「明日の課題……英語の問題集、ちゃんとするんだぞ」


「うん……絶対する。〝英語の問題集、ちゃんとする〟」


 胸に祈るように両手を添え、目を閉じ、愛おしそうに明日の課題を復唱した。


 そして上がり框から、彼を見送る。ここから先はもうずっと踏み込んでいない。今立つ場所は彼女にとって、世界の端っこであった。


「それじゃ、また明日な」


「うん、待ってる」


 そうして手を振り、正人は玄関の扉を開けて外に出ていった。途端、静まり返る伊武家。再び翠華の独りの時間がやってくる。


「……待ってる」


 もう届かない言葉を口にし、寂しそうに彼の出ていった玄関ドアを見つめた。いくら見つめたところで、今日はもう戻ってくることはない。


 ふぅ、と小さく翠華はため息をつき、部屋に戻るため背後の廊下に振り返った。


「……」


 時計の秒針の音しか聞こえない静寂の空間。さっきまで正人のおかげで包まれていた温かな世界は、今や冷め切っていた。すべての温もりは彼とともにやってきて、そして去ってしまったのだ。


「ん?」


 ふと視界の下のほう――床の上に何かが落ちているのに翠華は気づいた。真っ白な四角い紙状のもの。夕食のためにリビングに向かったときはなかったように思う。そしてこの形状の紙に自分は身に覚えがない。


 ということは、


「正くんが落とした?」


 と考えるのが自然だろう。

 彼のものであるなら、こんなところに落としたままにはしておけない。拾っておいて明日来たときに返そう。

 そう思って、拾い上げた。


「え……?」


 その四角いそれは、実は写真であった。真っ白なのは裏面だったようで、表にはしっかりと人物が二人写っていた。


 ひとりは正人。いつも自分に構ってくれる優しい幼馴染の少年。

 しかし、もう一人、彼の腕にくっつく女性は――。


「……誰?」


 背後の看板に『カレー&ナンの専門店ヴェーダ』と書かれてあったので、きっと今日彼が行ったというカレーのお店だろう。どういった経緯でこのような写真を撮ったのかはわからないが、今の翠華にとってはどうでもよかった。それよりも重大なことがある。


「一人じゃ、なかった……」


 特に彼は〝一人で行った〟とも〝誰かと行った〟とも言及していなかった。だから一人で行ったと自分が勝手に思い込んでいたに過ぎない。もちろん、彼にだって自分以外の誰かと過ごす日常はあるだろう。それくらい〝頭では〟わかっている。


 しかし、翠華がそれを、ちゃんとその目ではっきりと見てしまうのは、初めてだった。

 そうだろうと思っていただけなのと、こうして現実的に実感させられるのとではまったく違っていた。


(わかってる……正くんには正くんの毎日があるって。でも……)


 こうしてこの目でその一端を見て、翠華は気づいてしまった。

 自分は自分が思っていたより、彼に自分以外の――特に異性との繋がりがあるのを嫌だと思っていることに。自分の中に渦巻く独占欲の強さに。


 この二人がただの友人同士なのか、それともそれ以上なのかはわからない。もしそれ以上なら――考えたくもない。


「正くん……」


 その写真の端を摘む白く細い人差し指と親指には、強く力がこめられていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます