第5話1 やっぱ、〝そういうこと〟なのかよ!

「うーん、来ないな……」


 休み明けの月曜日。学校に行くため駅にやって来た正人は、時間を過ぎてもなかなか来ない電車に少し苛立ち始めていた。駅のホームに立ち、到着時刻が過ぎて約十分。いつもならすでに電車の中のはずだ。


「時間通りに家を出たはずなんだがな」


 ということは、落ち度は鉄道会社側にあるはずと正人は考える。つまり電車の遅延だ。混雑の影響か、客同士のトラブルか、はたまた人身事故か。しかし普通ならあるはずの駅内に響くお知らせ放送もない。


(ちょっと駅員に訊いてみるか)


 さすがにこのまま素直に待っていたら遅刻しかねない。そう思った正人は、駅員を捕まえようと周囲を見回した。どこかに一人くらいはいてくれても良いだろうと。


 だが――、


「あれ?」


 久々に意識が周辺に向いたことで、初めてふととあることに気づいた。それは駅員含め、他の電車待ちの乗客がいつの間にか誰一人いないことだ。


「さっきまでいたよな……?」


 別段周りの通行人をずっと意識していたわけではないので、鮮明に記憶しているわけではないが、ついさっきこのホームに到着した頃は、自分と同じく通勤や通学のために電車待ちをしていた人たちがいたはず。彼らは一体どこに行ったのだろうか。


「まさか……」


 途端、正人の中に緊張が走る。この〝予感〟は、以前にも経験したことがあった。

 急いで正人はホームから改札へ繋がる階段を降り、改札横の駅事務室に向かう。そこなら確実に駅員がいるはずだからだ。営業時間なのだからいないとおかしい。


 しかし――。


 事務室の中には、窓から覗き込む限り、誰もいなかった。何度「すみません」と呼びかけても、照明はついているのに反応はない。


 思えば、ここに来るまでも、誰ともすれ違うことはなかった。


「マジかよ……」


 確かめれば確かめるほど、〝予感〟がより確実なものへと近づいていく。


 正人はさらに事態を確かめるため、そのまま改札を強引に突破し、駅を飛び出した。もちろん、誰にも咎められない。そうだろうと半ばわかっていて突破したのだから、この時点である程度心の中で薄々確信に至っていた。


「誰も……いない……」


 駅前はあまり広くはないが、ロータリーになっている。バスやタクシーが溜まり、人の往来も多い場所――のはずだ。


 しかし、見渡す限り、人っ子一人見当たらない。


「そうだ」


 と正人はスマートフォンを取り出し、紙鳴先生にもらったアプリ〝教えてミカちゃん〟を起動してみた。最初に、〝存在制御バグ〟によって消された人物が載るというリストが表示される。


「これは……!」


 そこにはなんと、老若男女問わずまた人種国籍も問わず、びっしりといろんな人の情報が掲載されていた。初めて見たときは何にも載っていなかったのに。いくら指で画面をスライドしても、今度は空欄の項目が一切見つからない。


「やっぱ、〝そういうこと〟なのかよ!」


 これだけ無差別に大量の人間を、個別に消していくことなんてできるだろうか。


 否、できない。


 そう、これは紛れもなく〝人類消失現象〟であった。

 すべての人類がこの世界から消されてしまったのだ。


 それからアプリを閉じて、通話アプリを立ち上げる。そして紙鳴先生に電話をかけた。

 だが――、


『こちら、留守番電話サービスです――』


「なんで、出ない? まさかこんなときに、ゲームでもしてるのか?」


 その後、何度も先生にかけ直したが、一向に繋がる気配はなかった。


(どういうことだ……? いくら先生でも、今まではちゃんと出てくれてたのに)


 ゲーム中だったりして出るのに遅れることはあったが、こうして何度かけても出ないなんてことは一度もなかった。


 正人は、ひとまず電話を諦める。一人になった不安から思わず彼女の存在にすがってしまったが、冷静になれば〝教えてミカちゃん〟が彼女のサポートの限界なら、もう頼ったところでそれが解決に直接繋がることはないだろう。


 とりあえず、今優先すべきは――。


「翠華……」


 もうすでに人類すべてが、この世界から消えてしまっていることだろう。

 しかし、それでも正人は一つ確かめずにはいられなかった。


 彼女の無事を。


 当然、彼女も消されているだろう。頭ではそれが明確にわかっている。しかし感情の部分では、〝もし消えていなかったら?〟というほのかな希望が拭えなかった。


 正人は伊武家に向かって駆け出した。



     ×    ×    ×



「翠華っ!」


 伊武家に到着するなり鍵を開けて中に入ると、放り投げるように靴を玄関で脱ぎ捨て、ノンストップで階段を駆け上がった。当然、彼女の部屋に向かうためだ。そしてノックもせず、ドアを開ける。


 すると、その先には――。


「……」


 ぐっと、握り拳に力が入る。


 予想はしていたが、やはり誰もいなかった。それから家中を捜し回ったが、どこにも翠華の姿はない。


 やはり彼女もまた消されてしまっていたと正人は実感する。そして中途半端に部屋の家具等は消えずに残っていた。これは皆元によって消されたときとは異なる。本人だけは消えても痕跡が残る――それが二人目の〝バグ持ち〟が使ったバグの特徴だ。


 正人は翠華の家をあとにした。


 そして静まり返った住宅街を見回す。どこからか工事の音や乗り物の音、話し声に生活音、何か一つでも〝人の立てる音〟が聞こえないものだろうか。そう思って耳を澄ませど、逆に何も聞こえなくて、ますます人類の不在を実感してしまう。


「見つけるしかないか、二人目の〝バグ持ち〟を……」


 それにしても、なぜ先生は電話に出なかったのだろうか。

 もしかして、実験だからか。必要なお膳立てはしたから、それより先は正人がやるべしと。


(ありえるな……)


 ならばやってやろうではないかと、正人はポケットからスマートフォンを取り出した。〝教えてミカちゃん〟には、消された人間のリストアップ機能の他に人々の位置情報を表示できるマップ機能もある。


 アプリを起動して、リストからマップに切り替える。現在この世界において自分以外のただ一人の人間である〝バグ持ち〟が、このマップ上に赤い点で表示されるはずだ。


 たとえ世界のどこにいようとも。


「今見つけてやるからな……!」


 そして正人はすぐにも、バグ持ち〟を示す自分以外のもう一つの赤い点を見つけた。


 だが、それは――予想もしていない場所にあった。


「えっ……?」


 それはもっとも縮小した世界地図では日本にあって。


 どんどん拡大していくと関東地方にあって。


 さらに拡大すると東京にあって。


 もっと寄せていくと、それは自分の住む町にあって。


 そして――。


「う、嘘……だろ?」


 すぐ、自分の近くにあって。


 その場所は〝近所〟とか〝付近〟とか、そんなレベルですらない。

 もはやそれはもう、真後ろと呼ぶべき近さで――、


「あ、正くん、いたっ」


 聞こえるはずのない声が、背後からした。

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