第4話4 何事も挑戦だぜ? がんばれよ!

 その後、着いたのは駅から徒歩数分の裏通りにある個人経営らしき飲食店だ。


「『カレー&ナンの専門店ヴェーダ』……?」


 と、正人は看板に書かれた文字を読んだ。


「おう! さっそく入ろうぜ!」


 入ると、さっそく店員らしき男性が元気良く迎えてくれた。


「イラッシャイマセ!」


 意味は通じるが、やや片言の日本語で声をかけてきた彼は、日本人ではなかった。店に飾られている国旗がネパールのものだったので、恐らくその国の人だろう。

 席数は三十ほどと少なく、小さなお店だ。しかし裏通りにあるというのに、それらの席はほぼ埋まっていた。自分は初めての来店だが、評判がいいのだろうか。

 店員に導かれ、二人がけの席に座ると、すかさず別の店員が水とオシボリタオルを持ってきた。


「いやあ、ここずっと来たかったんだよな。ネットの記事で美味しいって評判らしくてさ」


「先生も来るの、初めてなのか?」


「まあな! オレさ、ずっとこれ楽しみにしてたんだよ」


 そう言って取り出したメニューのある箇所を指差した。そこには『巨大ナン・チャレンジ! テーブルサイズのナンに挑戦しよう! 三十分以内に完食すれば、料金タダだよ~! ※失敗の場合、通常料金をいただきます』と書かれていた。料理の写真の横に、大きさ比較用か今自分たちが座っている席のテーブルの写真も添えてある。失敗した場合、普通のランチメニューの数倍はお金を取られるようだ。


「これ、頼むつもりか……?」


「何事も挑戦だぜ? がんばれよ!」


「俺がやるのかよ!?」


「は? オレの小さいボディにこんなでかいの入るわけねーだろ。……あ、なんか今のちょっとエロい」


「最後の一言は置いておくとして……俺はやらんぞ」


「えーっ。これ楽しみで来たのに。オレには無理だから、てめぇを呼んだんだぜ? 間近で観るスポーツ観戦的な?」


「自分の娯楽のために、他人を犠牲にすんじゃねーよ……」


「成功するとタダだぜ?」


 あわよくば、自分の財布は痛まないところまで計算に入れてやがる。彼女がなんとなく素直に労ってくれるとは思っていなかったが、まさか自分の娯楽に巻き込むためだったとは。

 結局店員には、普通のランチメニューを頼んだ。カレーをいくつかの種類から辛さを指定しつつ選び、それにプレーンナンとサラダが付く。もちろん、ナンはその店の通常のサイズだ。正人はバターチキンカレーを選び、先生はマトンカレーを頼む。

 彼女は正人が巨大ナン・チャレンジを頼まなかったのを見て、つまらなさそうにしていたが、奢りまでナシになったわけではなく、そこはちゃんと有言実行してくれるようだった。


「まあ、安いメニュー頼んでくれたみてぇだし、奢ってはやるけどよ~。ちと男を見せてほしかったぜ」


「だったら、俺じゃなくて学校の同僚とか、〝デベロッパー〟仲間誘ってやらせろよ」


 すると先生は「う~ん」と悩んだ様子を見せた。


「そもそもオレ以外の〝デベロッパー〟は、こうやってこの世界を楽しんだりしねーからな」


「そうなのか?」


「みんな〝仕事〟としてやってるだけだし。むしろオレみたいなのは少数派だ。こういう娯楽に付き合ってくれるヤツなんざいねーよ」


「そうか……じゃあ、学校の同僚はどうなんだ? 一応教師として溶け込んで生活してるわけだし、仮初の関係かもしれないけど、仲のいい同僚とかいるだろ?」


「……うぐ、あえて話題にしなかったのに。ま、まあ、あれだ。同僚とは仕事以外の話をしない主義でな……」


 心なしか、彼女の目が泳いでいた。


「つまり雑談で他人に話しかけるのが苦手で、事務的な会話しかできないわけか」


「ふがっ!」


 目の前の先生が、大ダメージを受けていた。主に精神面に。


「つまり、〝ぼっち〟か」


「ぐふっ!」


 精神ダメージ再び。


「ぼ、ぼっちゆーな! オ、オレは……孤高の存在なんだよっ!」


「〝孤独〟じゃなくて?」


「こ・こ・う!」


「はいはい」


 物は言いようである。どうやら〝ぼっち〟は図星だったらしい。


「なるほど、俺を誘ったのは消去法でもあったわけか」


 正人以外巻き込める存在がいなかったということだ。


(チンピラっぽい感じなのに、根っこは根暗だな……)


「で、でも、友だちくらい、ちゃんといるからな!」


「ゲーム内で一緒にプレイするだけの〝登録フレンド数〟とかは数に入れるなよ」


「ちょっ! それはアリだろ!? ネット限定でも友情は成立するって!」


「ちなみに、その〝フレンド〟の数を抜いたら、何人なんだ?」


 要するにリアルで面識のある〝友人〟を指す。


「……イ、イチ」


 と人差し指を立てた。


「へえ、一人……」


 と言いかけて、正人は直後それが誰かに思い当たった。なぜなら紙鳴先生はちらっと恥ずかしそうに頬を赤らめて、様子を窺うようにこちらを見ていたのだから。


「俺……?」


 どうやら当たりだったようで、彼女は気まずそうに視線を逸らす。正人としては教師と生徒、あるいはバグ問題解決のための協力者という認識だったが、彼女からは意外とそれ以外の関係で見られていたようだ。

 彼女の目は〝ダメか?〟と窺うようだった。まるで親に捨てられた小動物の子供のようで、さすがにそんな相手に〝違う〟といえる畜生にはなれない。

 それに別に嫌というわけでもなかった。


「……わ、わかったよ! 友だちってことでいい。だからそんな目で見ないでくれ」


 と答えると、彼女はパァッと表情を明るくさせた。


「ああ、だよな! オレたちゃ、心の友だぜ!」


(嬉しそうなのはいいけど、今までどんだけぼっちでいたんだ……)


 そしてそれよりも、


「つか、教師と生徒が〝友だち〟って……いいのか?」


「んなこまけーこたぁ、気にすんなって」


 まあ、そう答えるだろうとは思っていた。


「今日はてめぇとオレの友情記念日だな。この命尽きるその日まで、今日という素晴らしき日を忘れねえ。なあ、毎年この店で祝うってのはどうだ? 互いにプレゼントとか用意してだな……」


(なんかこいつの友情、少し重いぞ……)


 ひょっとすると、友人にしたら意外と面倒臭いやつなのではと正人は思うのだった。


「ヘイ、オマチ!」


 そんなところに、店員が二人して、自分たちの注文した料理を運んできた。片方の店員がトレーに乗せているのは、先生の注文したマトンカレーと普通のサイズのプレーンナン。しかしもう一方の店員が抱えているのは――、


「でかっ!」


 テーブルサイズのナンが真ん中で折り曲げられ、大きな皿に乗っていた。消去法的に見て、明らかに正人の注文分だった。しかしどう見ても、さっきメニューで見た巨大ナン・チャレンジのナンである。


「あの、すみません。巨大ナン・チャレンジを注文したつもりはないんですが……」


「エ? 注文チガウ?」


「俺が頼んだのは、普通のナンで……」


 注文ミスを指摘しようとしていたら、横から先生が口を挟んできた。


「まあまあ、いいじゃねーか! ミスにしても、オレにとっちゃ好都合だぜ!」


「そりゃ、先生にとってはな!」


「オウ、ミスゴメンネー! デモ、モウ作ッチャッタカラ、チャレンジ、シチャオーヨ! モチロン、失敗シテモ値段ハ、ランチメニュート同ジダヨ!」


(失敗しても値段はランチのほうか)


 巨大ナン・チャレンジだが、ランチメニューと違うのはナンの大きさくらいだろうか。付いてきたバターチキンカレーはメニュー通りだ。こちらの量は普通のランチメニューと変わらないようで、ナンを付けて食べるには足りる量ではない気がするが、仮に食べきれなくてもこちらに損はない。


「……わ、わかりました。じゃあ、それいただきます」


 仕方ない。せっかく料理が届いたのだから、男を見せてやろうと赤土正人は覚悟を決めた。成り行きとはいえ、勝負ごとから逃げたら男が廃る――とはまでは思わないが、どうせなら挑戦するのも悪くないと思ったのだ。


「オッケー! デハ、チャレンジ、ガンバッテ!」


 そう言って、テーブルの上に巨大ナンを置いた。半分に折り曲げられているからいいものの、広げると先生の分の料理を置くスペースなどないだろう。


「ハイ、スタート!」


 店員はいつの間にか、ストップウォッチを取り出していて、そしてすでにスタートのボタンを押していた。


「えっ、まだ心の準備がっ!」


「ほらほら、早く食わねえと、時間なくなっちまうぞ~」


「くそっ……!」


 かくして、正人の挑戦が始まった。

 まずは一口目。熱々のナンの端っこを千切り、それにカレーを漬けて口に運ぶ。


「……お、美味い」


 コクのある甘辛いカレーの味が口の中に広がった。さすが専門店だけあって市販のレトルトとはレベルが違う。

 その次に広がった味は、ナンそのものの甘さ。てっきりカレーを漬けて食べるものなのでそれ自体は無味なものかと思っていたが、噛んでいるとじわりとほのかな甘みが溢れてくる。恐らくカレーの辛さを中和するために、あえて生地に甘みがあるようにしているのだろう。食感も中はモッチリとしていて美味しい。


「これならいけるかもしれん」


 まだ食べ始めたばかりだが、この美味さならば案外完食も可能なのではないかと正人に思わせた。


「にししっ、ぜひともオレの財布のために完食してくれたまえ」


 そう言いながら、自分の分のナンを食べ始めた。彼女も同じ感想を抱いたようで、「う~ん!」と美味しそうに唸っていた。

 引き続き、正人はパクパクとナンを千切ってはカレーを漬け、口に運んでいく。

 このペースなら、制限時間以内に終わりそうだ。

 ――なんて、そんな見え見えなフラグを、十分後には回収することになる。


(あ、あれ? まだこんなもんだっけ……?)


 かなり食べたような気がしていたが、まだ半分も進んでいない。カレーは残り少なく、すぐにもナンだけで戦わなければいけない状況が見えていた。ナン自体も甘みがあって美味しいとはいえ、さすがにそればかりは堪える。


 それからだいたい制限時間の半分、十五分を過ぎた頃だった。そこで正人はようやく気づく。自分の〝見積もり〟が、とても甘かったことに。

 食べ始めは空腹状態な上、料理自体も美味しいからか、食に対して積極的な気持ちになっており、思ったより少ないように感じていた。しかしいざ腹が満たされてきたら、目が覚めたように現実的な、正しい〝残量〟が見えてくる。


(待て、今ようやく四割くらいに差し掛かったところだぞ……)


 これで褒めてほしいと思うほど、達成感も満腹感もすでに感じていた。しかしナンのほうは〝まだまだこれからだぞ!〟と余裕のライフ残量を見せ、継戦能力をバリバリ見せている。

 相手はまさしくラスボスだった。

 戦う相手を間違えた。今の正人の心境である。

 自信だけはたっぷりの駆け出しの冒険者が戦うには、ハードモードな敵だ。


「な、なあ、先生……」


 正人はこれ以上の続行は厳しいと見て、すでに完食していた紙鳴先生に助けを求めようとした。すると彼女はこちらの観戦も飽きてしまったのか、スマートフォンに目を向けて暇つぶししている。


(こいつ……)


 自分が楽しむために他人を巻き込んでおきながら、飽きるとまったく別の娯楽に意識を向けていた。こんなんだから、友だちがいないのではないだろうか。


「ん? なんだ?」


「助けろ」


 〝助けてほしい〟と下からいくつもりだったが、今の彼女を見て自然と命令口調になった。


「ダメだな。オレは助けられねえ」


「なんでだよ」


「このチャレンジの条件は〝一人で〟挑むことだ。オレが助けちまったら無効になるだろ?」


「うぐ……」


 それもそうだ。助太刀を頼めば、その時点で失格。今まで頑張った分は全部無駄になってしまう。


「つーわけで、ガンバレ!」


「マジか……」


 突き放すように先生はスマートフォン操作に戻った。


(仕方ない)


 この畜生ゴッドは放っておくしかないようだ。

 残り制限時間は十分。この間に残りライフ半分強のラスボスを倒さなければいけない。

 ここまでのチャレンジを無駄にしたくない思いに支配されていた正人は、引き続きソロプレイヤーとして戦場に戻った。

 しかし、手ぶらで戻っただけで、何も好転してはいない。それどころか、胃の中の容量はどんどん埋め尽くされ、正人側のライフは削られるばかりだ。


(ダメ……お腹が、パンクしちゃうっ!)


 実際はパンクする前に上か下、どちらかの口からバックドラフトするだけだろうが、本気で腹部が裂けそうな気がしていた。


 でも、男たるもの、ここまで来たら勝たねば――。

 案外、自分は勝負ごとに対して負けず嫌いというか、ゲーマーの才能があるのかもしれない。


 もはや食事ではなく、処理と呼んでいいだろう。正人は思考を停止させて、〝戦闘行為〟に勤しんだ。

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